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2009年11月12日 (木)

以前は、かつて書き手であった人が書かなくなる、ということが信じられませんでした。

生きている限り、書き手はどこまでも書き手であって、レベルが高くても低くても、一度書くことに自分の生きる意味を認めた人間が、書かずに息をしていられるものかと、確信を持って言い切ることができました。

ところが、ここ2年数か月、私は一行も書いていません。もちろん、ごらんのとおり、こういう文章は書いていますし、実用的な文章も書いています。

けれども、本来私が書くはずだった「物語」を一切書かなくなりました。初めは、書くに書けなくなり、それから後は書きたい気持ちが自然に沸き起こらなくなりました。自分の心にこんなことが起きるとは、ほんの3年前まで、思いもよりませんでした。

最近になって、上橋菜穂子さんの作品を読み返し、「私はもう書かなくてもいいんじゃないかな」と思い始めました。私が書きたいと思うものは、私よりもはるかにみごとに、上橋さんが書いてくれる。上橋菜穂子がいれば和木浩子はいらない。私がこの世に付け加えるべきものは何もない、と。

どんなに活躍されている方でも、その人の作品が自分の目指す方向と違うならば、その人に成り代わりたいとは思いません。ただ、読者としてその作品を楽しむだけです。けれども、上橋菜穂子さんの作品は、常に私自身が書きたいと思うような種類のものでした。

これから残りの人生は上橋さんの作品の宣伝をして生きていこうかと、30%くらい本気で(「半分」などと言わないところがリアルなんですが)考えました。

ところが、数日前の夜、自分自身の物語を書こうとしている夢を見ました。それがどんな作品だったのかは覚えていませんが、私が「書く」という行為をすると、その内容が実物の映像になって目の前で展開されていました。

そろそろ書きたいと思っているのでしょうか。心の底で。

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