« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月の記事

2010年1月31日 (日)

ブランデンブルク協奏曲 第5番

1月31日は、歌曲王フランツ・シューベルトの誕生日です。たいていの年は、シューベルトのCDを聞いて過ごすのですが、今年はバッハの「ブランデンブルク協奏曲」を聴くことにしました。

どういう風の吹き回しかというと、藤谷治の『船に乗れ!』第3巻の影響です。この小説は、文学であるのに留まらず、出てくる曲を次々と聴きたくなるという音楽的な特徴を持っています。とくにサトルたちが取り組んだ第5番をじっくり聞きました。

「ブランデンブルク協奏曲」というと、私はどうしても作家の氷室冴子さんを思い出してしまいます。別々の小説のヒロインがなぜかみな「ブランデンブルク協奏曲」が好きだということになっていて、結局それは作者が好きだからなのでしょう。

改めて聴いてみて、自分で思っていたよりもこの曲が好きだと感じました。私自身は、ベートーヴェン以後、シューベルトやブラームスやシューマン、チャイコフスキー、メンデルスゾーンなどを好きだと思っていたのですが、バッハも曲によっては感性に合うようです。

そのうちにまた、『船に乗れ!』第1巻に登場したメンデルスゾーンを聴いてみます。

2010年1月26日 (火)

訃報:北森鴻 氏

昨日、山口市在住のミステリー作家、北森鴻さんが亡くなりました。

同じ市内に住んでいても全く面識のない方です。2008年の秋に山口市立小郡図書館が開館(旧小郡町の図書館が再開館)した際、記念イベントで講演をされていますが、残念ながら、私は勤務中で聞いておりません。ただ、とても清々しい振る舞いの方だったと人の噂に聞いています。

辿ってきた道はずいぶん違いますが、私は北森さんと同い年にあたります。しかも、生まれた市(下関市)までいっしょで、現在住んでいる市(山口市)もいっしょ。40代で心不全だなんて、信じられない思いです。

にわかに追悼の思いでインターネットを検索していたら、1996年に学習雑誌「小学3年生」に子ども向けの探偵小説「ちあき電脳探偵社」を連載されていたと知りました。デビューがその前年ですから、初期にはそういう仕事もされていたのですね。

「ちあき電脳探偵社」については、復刊リクエストにも出ていました。一度も単行本になっていないので「復刊」というのはあたりませんが、その年度にちょうど3年生だったという限られた読者層の中から、本の形でもう一度読みたいという声が上がってきているのは、作家冥利に尽きることだと思います。それも、「亡くなったニュースを知って」ではなく、そのずっと前から出ていたのですから。

「ちあき電脳探偵社」の一部は、単行本『パンドラ’Sボックス』(カッパノベルズ)の中に収録されているそうです。あちこちに発表した短編と短編の間にエッセイが挟まれていて、それもまた面白いらしく、せめてその本でも読んでみたいと思います。

代表作は他にありますが、私は児童文学畑の人間なので、それが一番ふさわしい悼み方のような気がします。

公式サイト「酔鴻思考」でも、掲示板に次々と読者の惜しむ声が寄せられています。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2010年1月23日 (土)

コミック『みどりのマキバオー』

ひょんなきっかけで読み始め、とうとう全巻読んでしまいました。つの丸・作『みどりのマキバオー』。

競馬の話ですが、K.M.ペイトンの『駆けぬけて、テッサ!』とか宮本輝の『優駿』とかが好きだったので、その延長線上という感じで楽しみました。ギャンブルの競馬ではなく、スポーツの競馬です。

でも、馬が主人公で普通に会話を交わすので、途中からはサラブレッドたちが陸上選手のように思えてきて、むしろ『一瞬の風になれ』の延長線上みたいでした。

第1部で終わっていたら、「ああ、面白かった」でお終いだったのでしょうが、第2部が加わったことで、いろいろ物思いさせられました。あの終わり方は、秀逸ではないかと思います。

次世代の馬たちがメイン・キャラクターとなる続編があるらしいのですが、読むかどうかはまだ分かりません。

2010年1月17日 (日)

雪の日の交通事情

先週は週の半ばに雪が積もり、通勤に苦労しました。雪国の人の苦労に比べたら何でもない程度なのですが、いびつな形に凍った前日の雪の上を自転車で何度も滑りそうになりながら、いつもよりだいぶ時間を掛けて出勤しました。

市外から通ってくる人は、日ごろ1時間程度の道なのに、なんと4時間もかかったそうです。

やっと晴れた日がめぐってきましたが、次の週末もまた寒くなるらしく、寒さと雨がセットで(つまり雪になるということ)やってこないことを祈るばかりです。

2010年1月 9日 (土)

キプリング『プークが丘の妖精パック』

光文社古典新訳文庫の『プークが丘の妖精パック』を読んでいるところです。

この本の存在を知ったのは、もうずっと前になりますが、荻原規子さんがブログ「アンダンテ日記」で触れていらっしゃったのを読んでからでした。

それから読むきっかけのないまま今まで来てしまいましたが、ようやく手にしたところです。

ローズマリ・サトクリフの愛読者としては、今までこれを読んでいなかったのが悔やまれます。なるほど、サトクリフはこれを吸収して作家になったのかと、思い当たる節があちこちにありました。

超自然の存在が子どもの前に現れて英国の歴史を語る、という設定ですが、そういう括り方をしたのでは伝わらない面白さがあります。語られている内容が、生き生きとして、それ自体が歴史物語として読めます。歴史短編を集めた枠物語のようです。

(「枠物語」というのは、アラビアンナイトやデカメロンみたいに、物語を披露するための大枠の設定があって、その中で個別の話が語られる形式のことです。ハウフの童話集などもそうです)

そしてさっそく、日本史でこういうことをやってみたいな、という虫が騒ぎ始めました。

非常におおざっぱな感覚で言えば、斉藤洋さんの「白狐魔記」は、こういう仕掛けを大がかりに実現したものと考えられなくもありません。作品の本質はもちろん、印象も異なりますが。

もう長いこと何も作品らしいものを書いていないので、キプリングのまねをするという習作から始めようかと、この文章を書きながら、その場の思いつきで考えています。

2010年1月 3日 (日)

メアリー・ノートン『床下の小人たち』

1月1日の記事にいただいた美由紀さんのコメントで、『床下の小人たち』の話が盛り上がってしまったので、本欄で取り上げることにしました。

(小人が目覚ましを止めていったというのはいいですね。)

私がこの本を読んだのは学生時代でしたから、もう四半世紀以上前のことになります。子どもではなかったけれど、大人の視線ではなく、どちらかといえば子ども読者に近い感覚で読めました。

作者は恐らくシリーズとして続けるつもりはなかったのだろうと思います。なぜなら、第1巻の最後に、とても思わせぶりな文章が出てきて、「じつは……だったんですよ」というオチを、あえて言わずにすませただけ、みたいでした。

ところが、人気が出たために第2巻を書くことになったのでしょう。ここから先、「じつは……」の話は無かったことにして、借り暮らしの小人のことを本格的に書いていくことになったのだろうと思います。

この小人たちのサイズは実は意外に大きい、というのは他の方の指摘で何度か見かけたことがあります。改めて読み返したら分かるのでしょうが、私もおおかたの日本の読者と同じく(と、勝手に思っていますが)、『だれも知らないちいさな国』のコロボックルやお椀の舟に乗った一寸法師のイメージから、手のひらに乗るような小人を思い描いていました。

ある児童文学作家さんのお嬢さんが小学5年生まで借りぐらしの小人の存在を信じていて、両親(作家と詩人)が必死でミニチュアのプレゼントなどを探し回ったというエピソードを、作家さんご本人から伺ったことがあります。人ごとで聞いているととてもほほえましいのですが、当事者にとっては大変だったようです。あまりにリアリティがある作品なので、そんなことになってしまったとか。

2010年1月 2日 (土)

2009年に読んだ本 Myベスト10

ほんとうは、ベスト10に入れてもいいと思う本15~20点の中から、今日の気分で選んだ10点です。順位も付けられないので、順不同で並べます。(シリーズの部分も含みます)

・ル=グウィン 『パワー』

・上橋菜穂子 『獣の奏者』

・ナオミ・ノヴィック 『テメレア戦記』

・菅野雪虫 『天山の巫女ソニン』

・魚住直子 『園芸少年』

・河合二湖 『バターサンドの夜』

・藤谷治 『船に乗れ!』

・ミタリ・パーキンス 『リキシャ・ガール』

・関朝之 『声をなくした紙しばい屋さん』

・ジェマ・マリー 『サープラス・アンナの日記』

2010年1月 1日 (金)

新年最初の読書『船に乗れ!』第3巻

あけましておめでとうございます。

寒い元日となりました。有り難いことに、うちの周辺は晴れています。

昨年は読書欲が回復して、初読の本だけで206冊を読み上げることができました。(絵本、漫画をのぞく)

今年最初の一冊は、藤谷治『船に乗れ!』の第3巻でした。書かれている材料から言えば、「青春文学」なのだろうけれど、書かれている姿勢から言えばある種の「中年文学」ではないかと、思えてきました。

最初から、大人になった津島サトルの視点で当時を振り返って、「その後、こういうことになるのだけれども云々」という文章がたびたび挟んでありましたが、私としてはそれがいささか気に障っていました。が、全体がこういう構成なら、あのやり方は必然的なものだったのかもしれない、と思い直しています。

今の私(たぶん、津島サトルと同年代)にとって、この本を読むことは必要なことだったと思います。高校生の時に出会っていたら、高校生の読み方をしただろう、20代で出会っていたら20代の読み方をしただろう、けれども、48歳になって迷っている(不惑を過ぎたのに)ときに、これを読むことは、ほんとうに私にとって必要なことでした。

「船に乗れ!」というタイトルの意味は、最後の最後になってようやく分かりました。

私の船はまだ揺れています。これまでは年甲斐もなく揺れている、と思っていたけれど、船が揺れていることを忘れられずに(あまつさえ船酔いしながら)生きている、と考えた方があたっているのかも知れません。

今年は作品としての文章を書いてみたいと思います。

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

自サイトへのリンク

メールはこちらから

  • 連絡やお問合せにどうぞ