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2011年6月の記事

2011年6月30日 (木)

いつのまにか20年

夜になって急に思い出しましたが、今日、2011年の6月30日はデビューしてちょうど20年の記念日でした。

この日に何かをしたわけではありませんが、『アルジェンタ年代記外伝』の奥付に6月30日と書いてあるので、この日に出版されたことになるのでしょう。私自身が手にしたのはその少し前、本屋に並んだのはその少し後でした。

ほんとうに「いつのまにか」で、何をしてきたやら分かりません。ちなみに同期デビュー(芸能人ではないから、そう言わないだろうけど)には、あさのあつこさん、森絵都さんらがいらっしゃいます。(すごい顔ぶれ)

……というわけで、これからもがんばりま~す。(意味のないコメントでした。)

2011年6月28日 (火)

原稿の重さ

まだ手書きで原稿を書いていた頃、自分の留守中に家が火事になることが何よりの恐怖でした。

火事になったら持ち出そうと、書きかけの原稿や書きためたなかで惜しいと思う原稿を一つの鞄に詰め込んでみたこともありました。ところが、重くて持ち上げるのがやっと。これを抱えて逃げようとしたら焼け死ぬ確率が大幅にアップしてしまうのでやめました。

遠方にすんでいる友達にせっせと書き写した作品を送っていたのは、もちろんその人に読んでもらいたいからではありましたが、もう一つの理由として保険の意味もありました。万が一、自分が住んでいる地方が災害に見舞われても、遠くの友人の手元に原稿の写しがあったなら、また書き写すことができるだろう、と。

この恐怖から解放されたのは、ワープロを使い始めてからです。膨大な量の原稿もフロッピーディスクの中に軽々と入ってしまうので、持ち歩いても何の負担にもなりません。

ワープロは初めて手にした印税というもので買いました。シャープの書院です。縦書きに表示できるところが気に入って決めました。8年使いましたが、このあいだに世に出た作品は『草薙列伝・八岐の大蛇』だけです。ずいぶんのんびりしています。

初代パソコンは、山口県の芸術文化振興奨励賞でいただいた奨学金で買いました。奨学金の使い道としてはとても主旨にかなっています。でも、私が賞の主旨にかなった活躍をしなかったため、このパソコンから世に出た作品はありませんでした。

今や、原稿はケータイ(Advanced/W-ZERO3 [es]のメモリ)に入れて持ち歩いています。いつどこでどうなっても、いつも原稿といっしょにいられます。その程度の軽さになりました。

でも、便利になったからといって、書けるようになるわけでもありませんでした。押し入れの整理をするために古い段ボール箱に頭をつっこんだときなど、ものすごい分量の資料や何通りものバージョンの下書きに出会います。すべて若いころの私自身が書いたり、手で書き写したりしたものです。

これだけやってたら結果も出るよなあ、と他人のことのように思います。資料をコピーしただけで何かをしたような気になってしまう昨今の自分。

ときどき押し入れの段ボールに頭を突っ込んでみた方がいいかもしれません。

2011年6月25日 (土)

ブログパーツの入替

右サイドバーに置いていたブログパーツを入れ替えました。本棚の代わりに、ツイッターのボタンと「児童文学」をキーワードにしたタイムラインを出しています。

「Follow me」のボタンを押すと、私自身のプロフィールのページにとびます。私が投稿した記事も読めます。(ツイッターのアカウントをお持ちの方は、フォローしていただけると嬉しいです)。

その下の、つぶやきの行列はどこのどなたかは私も知りませんが、ここ最近に「児童文学」に関して何かしらツイッターで発言した人のことばです。(勝手に表示していますが、一応、全世界に公開されているものですので)

ふつうは自分で知っている人や、見つけてきた人のつぶやきしか読めませんが、こうしてキーワードで表示させておくと、共通の興味を持った人に偶然出会えるかもしれません。(→そう思って、一時は載せていたのですが、不本意なツイートやらよく意味の分からないものも出てくるので、あとから外しました)

本棚の方は、そのうち本の整理ができたら復活させる予定です。今は、左の本棚と明確な役割分担もできていないまま、ずっと同じ本を並べていたので、このあたりで見直したいと思い、引っ込めました。

どたばたと入れ替えている最中にご覧になった方がありましたら、お見苦しいところをお見せして、失礼いたしました。

2011年6月24日 (金)

文学の文章、ブログの文章

ブログに書いたことというのは、タイトルや一行目に近い部分が重視されて、最後にどんでん返しで本音を吐露するという書き方では、ほんとうに伝えたいことが(少なくともポータルサイトの検索では)伝わらないのですね。

一応、そうらしいとは聞いていたけれど、使ってみて実感します。前置きは不要。前段にエピソードを持ってきて、実は……という書き方ではだめなのだと。

新聞の文章と同じで、見出し、小見出し、1行目という順番。最後の方は切られてもかまわないようなことを付け加える。検索エンジンに見つけてもらおうと思ったら、こういう書き方をしないといけないのだと。

今は文章を書くのが仕事でない人でも、気軽に書いて発表する環境に恵まれていますが、その文章のスタイルは文章の一つの書き方に過ぎず、そうでない書き方を廃れさせてはいけないと、そんな思いに駆られています。

ブログやツイッターでどれだけ発信しても、その分野で適した表現の能力は磨かれるかもしれないけれども、たとえば文学に適した文章を上達させることには成らないし、むしろ変な癖を付けることになるかもしれません。

だからといって、ネット上で表現することを否定しているわけではなく、違う分野の表現方法だと言うことを意識した方がいいと思うのです。

ソーシャルメディアについての啓発書などには、SEO対策を意識した文章の書き方が推奨され、これから日本人がみなこういう文章を目指して書くことに慣れてしまったら、文学の文章はどうなるのだろう、と大げさかもしれないけれど、不安を感じてしまいました。

検索エンジンのためにはキーワードを別に指定しておくとして、何が重要な点であるかというのは、人間の(または人間に似た高度なロボットの)感性で読み取って、検索に反映して欲しいと思うのですが。そういうシステムはできないものでしょうか。

2011年6月21日 (火)

濱野京子『木工少女』読了

今、左サイドバーに置いた本棚(の、ブログパーツ)で、『園芸少年』と『木工少女』がちょうど対角線上に並んでいます。偶然ですが、なかなか、良い取り合わせです。

先日も『アギーの祈り』の感想を書いたところですが、濱野京子さんの本とは結構、相性がいいみたいです。このたびは『木工少女』。

冒頭で高校生が出てきたことも手伝って、主人公も高校生なのかと思いこむところでした。しゃべりが大人っぽくて、高校生でなくても中学生にはなっているだろうと想像してしまい、小学生だということに少々違和感を覚えました。

ところが読んでいくうちに、このしゃべり口が一つの魅力になり、この子の個性として感じられて、逆にとてもぴったりしているような気がしてきました。

とかく自然を愛する系のフィクションでは、コンビニやファストフードなどの都会文化を異物扱いする傾向が見受けられますが、美楽もデンさんも、じゃがりこを好んで食べているところが好きでした。人間はそれくらい立体的でなくちゃいけません。

デンさんが作った木琴のブローチ、私も欲しいです。

木工少女 木工少女

著者:濱野 京子
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2011年6月20日 (月)

VAIO-Xの復活

昨日の夜から、わがVAIO-Xの調子が悪くて、ブラウザが起動しなくなっていました。ネット自体は繋がっていて、ウィルスバスターはせっせとアップデートに励んでいました。けれどもセキュリティ対策だけできても、何も閲覧することができないのではつまりません。

こわれたのかなあ、保証があるから助かるけど、修繕に出すのはめんどうくさいなあ。だけど、ハードの問題でないのなら、修繕に出さなくても自分で買ったときの状態に戻せばいいんじゃないの? 状態のいいときにリカバリディスクとか、作っておかないといけなかったんだっけ?

いろいろなことを一気に思いめぐらしましたが、昨夜のうちに問題を解決する気力も体力も時間もなく、課題は今日に持ち越しました。

念のために雑誌「日経PCビギナーズ」のバックナンバー(2010年4月号:特集「5分からできるリカバリー読本」)を傍らに置き、システムの復元をしてみました。あっけないほど簡単に、3日前の状態に戻り、軽々とホームページを表示してくれました。

街の電器店で買ったのならパソコンを抱えて助けを求めに行くという手もありますが、ソニーストアで買ったものだから、一瞬ひやりとしました。

2011年6月19日 (日)

新書『ツイッター幸福論』読了

一昨年の後半くらいから、ツイッターについてのノウハウ本や社会論などが次々と出版されていて、さすがに自分でそれを全部買って読む気にはなりませんが、図書館では気軽に手にすることができます。

海原純子・著『ツイッター幸福論 ネットワークサイズと日本人』という本を見つけたときも、そんな一冊だろうと思って手に取ったのですが、第一章の「ツイッターはなぜそんなに印象が悪いの?」という見出しに驚いて、借りて帰りました。ツイッターって印象が悪かったのか、というのが私にとっては意外でした。

インターネット上の匿名の掲示板で、罵詈雑言、差別発言があふれているのにくらべ、ツイッターで発言している人たちは、なんていい人が多いのだろう、と流れてくるタイムラインに感動していたくらいなのです。

考えてみれば、ツイッターは自分が好きなタイプの発言をする人や同じ分野に興味を持っている人をフォローするのだから、読んでいて心地よいのはあたりまえでした。

著者は心療内科医で、ツイッターに関するアンケートを心療内科医の視点から分析し、日本人論としてまとめています。

この本は今年の2月に発行されているので、3月11日以降のツイッターの利用状況は反映されていません。あの日を境に、使っていない人たちのネガティブな印象も多少は変わったのではないかと思うのですが、有効に活用されたことを覚えているのは利用者だけで、否定的な人たちは「ツイッターではデマが流れたそうだ、やっぱり恐ろしいものだ」という印象を強くしただけだったでしょうか?

2011年6月18日 (土)

配架ミス?と思ったら…

図書館で本棚の間を散歩しているとき、これは配架ミスではないの?と思うような本に出会うことがあります。

そんな一冊に『お金が空から降ってくる (お金のことがよく分かる本)』というのがありました。これが気象の本の棚に並べてあったのです。

最初は単純な配架ミスかと思いました。本の分類を知っている人ならこんなことはしないだろうから、職員ではなく利用者の誰かが手に取った本を適当なところに置いていったのかな、とも思いました。

ところが、背表紙のラベルを見ると、請求記号は「451」。まさしく気象の本に分類されているのです。経済や金儲けの話なら、「3」から始まる番号になっているはずです。

しかし、著者はお天気キャスターの森田正光さんと経済ジャーナリストの荻原博子さんです。たしかに気象と経済が盛り込まれているようです。

大いにこだわって、目次をあけてみました。すると、「天気を無視すると会社はつぶれる」とか「地名が土地の天災を予言する」とか、なるほど気象と経済の組み合わせにふさわしい題目が並んでいます。

なかには「猛暑の後の秋は本が売れる!?」などという、非常に気になる項目もありました。

2001年の出版なので、経済についての情報は古くなっているかも知れませんが、とてもおもしろい発想の出版だと思いました。(目次しか読んでいないのですが)

これが実体のある紙の本ではなく、電子書籍だとしたら、たぶん「気象」と「経済」の両方のタグを付けられることになるのでしょう。

2011年6月15日 (水)

新書『スマートフォン術 情報漏えいから身を守れ』

読み物系の本を読む傍ら、情報系の本も近ごろはかなり読んでいます。

本格的な難しい本には手が出ませんが、新書などは私にとって手頃で、図書館でよく借りてきます。

読み終えたばかりの『スマートフォン術 情報漏えいから身を守れ』(田淵義朗/朝日新書)は、最近、ちょっと舞い上がって新しいツールにあれこれ手を出す傾向のあった私にとって、ちょうどいい戒めになりました。

「スマートフォン術」と書いてあるけれども、スマートフォンの使い方についての本ではありません。徹底して、ネットの世界で身を守るための本です。スマートフォンはこれから特に危機管理の意識を持たなくてはならない典型的な情報機器として、例に挙げてあります。

私の場合は最初から本名を晒してきました。これは筆名と本名が同じだったからで、自分の著書の話題を語りたいのに匿名では意味がないための、必然的な選択でした。だから、フェイスブックが実名であっても抵抗はなく(登録はしてませんが)、ツイッターも実名が基本かと思ったら匿名の人が多いのね、とあとから気づいたようなことでした。

幸いにして不愉快な人と関わり合いになることはありませんでしたが、これも狭い世界でしか活動していないための幸運だったのかもしれません。

これからも自分なりの情報発信をしていきたいと考えている者として、触発されることの多い内容でした。

スマートフォン術 情報漏えいから身を守れ (朝日新書) スマートフォン術 情報漏えいから身を守れ (朝日新書)

著者:田淵義朗
販売元:朝日新聞出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2011年6月14日 (火)

もう一回、模様替え

先日に引き続き、また模様替えをしました。今度は心境の変化ではなくちゃんと理由があります。

訪問者さんからのメールで、テンプレートが変わったらブログを読めなくなったと教えてもらいました。

一人読めないという人がいるならば、何も言わずに読めないなあと思っている人はもっといるはずで……環境によって読めたり読めなかったりするブログは不本意なので、とり急ぎ、別のテンプレートに差し替えました。

前回のテンプレートは本を開いた形でしたが、こんどはペンで書いているところです。支障がなければ、これでしばらくは続けていきます。

前回のように特徴が有りすぎると、同じテンプレートを見かけたとき照れくさいので、これくらいの個性がちょうどいいくらいかも。

2011年6月13日 (月)

遅出の日の夜

金曜日は遅出の出勤だったのですが、今日もまた遅出。

間に土・日(1日は通常勤務、1日は休日)をはさんでいるけれど、平日でいえば遅出の連投となりました。世間とリズムが違う日がつづくと、なんとなく疲れます。

そんなわけで、今日はこれでおやすみなさい。zzz.....

2011年6月12日 (日)

ブログの模様替え

開設から1年8か月、無精にも同じデザインでお送りしてきましたが、やっと模様替えをしました。いかにも読書のページです、といった雰囲気になりました。

サイドバーの方も、これから時間を見て少しずつ見直していきたいと思います。変えると戸惑うところ、変わらないと飽きるところがあると思いますので。

なぜ変えたかというと、単純に心境の変化です。5月の下旬から突然、更新頻度が高くなり、少しはこのブログに時間を割いてやる気になりました。これまであまりにも手をかけなくて何のためにやってるのか分からないような状態だったので、心を入れ替えることにしました。

なお、右サイドバーにメール送信用のブログパーツを取りつけました。管理人に直接連絡したいときなどにご利用ください。

2011年6月11日 (土)

デジカメの本も配置はいろいろ

何か調べたいテーマがあって図書館に行ったとき、役にたちそうな書架はじつは3箇所くらいあります。

以前、山岳文学の本は「スポーツ」と「地理」に分かれているという話を書いたことがありますが、今回は「デジカメ」を例にとってみます。

一番たくさんの本が見つかるのは、3桁の分類番号が「7」から始まる芸術分野の本でしょう。カメラの特徴についての本、撮影技術の本などが並んでいます。その次には、情報関連のコーナーにたくさん見つかります。どんなソフトウェアを使ってどんなふうに画像を処理するかといった話題が載っています。さらに、精密機械・光学機器としてのカメラを扱った本が分類番号で「5」から始まる書架にあり、レンズのことやカタログに載っている数値の意味などが分かります。

ざっと思いつくのは、こんなところなのですが、書架の間をぶらついていると、意外なところに意外な本を発見することがあります。

星を撮影したい人のために、「4」で始まる自然科学のコーナーにもデジカメ撮影の指南書がありました。もしも仕事術としてデジカメの利用法や、教育現場での活用法を採り上げた本があれば、それはまたそれぞれの分野で並ぶことになるでしょう。

図書館の本は、万人に都合の良いような並べ方がしてあるので、自分の希望にあう資料を見つけるには、大いに想像力をめぐらして背表紙を見くらべたり、館内の検索端末を活用したりしてみてください。

それでも分からないときには、図書館の職員が資料探しの相談に乗る「レファレンス」というサービスがあります。

2011年6月10日 (金)

著者の皆様へ(独り言)

あたりまえのことですが、日本人の著書を採り上げてブログに書けば、ご当人が読む可能性はあります。とくに、ツイッターでブログの更新を報告したりすれば、著者本人の目にふれる可能性は高まります。

自分の日記帳に書くみたいにずけずけと感想を述べていますが、作家さんのほうでは一読者の言うことでも案外と気にされるかもしれず、少々恐縮いたします。と言いながら、平気で言いたいことを言っていますが。

大作家になると、取り沙汰されることが多すぎて全部の評価を気にしてはいられないでしょう。駆け出しの新人は、たとえ酷評であっても、土俵に上げてもらえただけで大感激します。その中間の人たちは、最も巷の評判が気になるところかもしれません。

その点、外国の作者の本は気楽に好きなことを言えるかと思いましたが、こちらは翻訳者が気にされるかも……。

私が書いているのは個人的な感想にすぎませんが、生身の人間の柔らかい心がネットの向こう側にあることを意識して、敬意を払いつつ書くことを忘れないように心がけたいと思います。

2011年6月 7日 (火)

雨の日の防水対策

昨日、「山口県をふくむ九州」が梅雨入りをしたそうです。梅雨入り前には降る日もあったのに、昨日も今日も晴れと曇りでした。まあ、よくあることです。今にうんざりするほど降り始めることでしょう。

自転車通勤で、おまけに前の籠に大きな鞄を入れて走るので、雨の日には防水対策が欠かせません。鞄の中身は、図書館の本だからです。

本自体は透明のビニル袋に入れ、念のために背表紙の方を上に向けて鞄に入れ、鞄を大きなビニル袋に入れ、その上からカバーを二重に被せます。これくらいやっておくと、本は濡れません。おかげで旅行でもするような大荷物になります。

2011年6月 6日 (月)

浜口倫太郎『アゲイン』読了

ちょっと幸せな気分になっています。幸せな気分になれる本を読んだから。

浜口倫太郎・著『アゲイン』(ポプラ社)。例の、『KAGEROU』でなにかと話題になったポプラ社小説大賞で、特別賞を受賞した本です。

昨夜は読み出したら止まらなくなって、日付が変わらないうちにブログを書かなくちゃと思いながら読み続け、もう寝なくちゃと思いながら読み続け、今日、仕事から帰ってようやく読了しました。

いろいろ不愉快なことを言われているようですが、『KAGEROU』は若い新人が力を入れて書いた将来性に期する作品、『アゲイン』はある程度の年齢を重ね、放送作家として書く仕事を続けてきた人による完成された(完成度の高い)作品、というふうに、私としては読み分けています。

読み終わって表紙を見ていたら、「アゲイン」というタイトルがとても好ましく滲みてきました。

アゲイン アゲイン

著者:浜口 倫太郎
販売元:ポプラ社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2011年6月 4日 (土)

文庫版『ギフト』から『パワー』まで購入

ル=グウィンのシリーズ「西のはての年代記」が文庫本になったので、4月から少しずつ買っていましたが、とうとう最後の『パワー(下)』まで買いそろえました。すでに図書館で読んでいるので、「買った」ということに満足して本棚に収めてしまいそうです。けれども、図書館で読んで好きだった本を自分の所有物として手元に確保するのはやっぱり嬉しくて、手軽な文庫本になると、ついつい買ってしまいます。

本というのは、「内容としてのテキスト」と「図書としての目に見える形」と、両方に意味があるのだと、紙の本の愛好者として感じます。同じ文章がコピー用紙の束として目の前にあったとしたら、それはそれで夢中になって読み耽るだろうと思いますが、そのあとは本棚に並べて背表紙をながめたいと望みます。

何歳になっても全く新しい世界を一から見事に構築してしまうル=グウィンさんという作家はほんとうに尊敬したくなります。

第1巻ギフト 西のはての年代記Ⅰ (河出文庫)  第2巻ヴォイス 西のはての年代記Ⅱ (河出文庫)  

第3巻(上)パワー 上 西のはての年代記Ⅲ (河出文庫) 第3巻(下)パワー 下 西のはての年代記Ⅲ (河出文庫)

2011年6月 3日 (金)

石井睦美『皿と紙ひこうき』感想

読み始めて、まだ初めの方を読んでいた頃、私は勝手に想像していました。これはきっと作者が自分の少女時代を素材にして書いたのだろうな、と。

途中でちょっと「あとがき」を覗いてみて驚きました。テレビのCMで見た風景に魅せられ、その土地にこだわりつづけて、取材して書いた作品だったとか。

転校生がやってくるくらいしか事件らしいできごともない田舎で、落ち着いた日常が静かに語られていて、それがとても力強く自分を惹きつけていくのを感じました。アイディアでもなく、ストーリーでもなく、キャラクターでもなく、ほんとうに「文学」の力なのだな、と思いました。

『水底の棺』とか『デルフトブルーを追って』とか『モギちいさな焼きもの師』とか、この『皿と紙ひこうき』とか、私が好きな本にはなぜか焼き物が扱われたものが多いようです。萩焼の産地に育ったことと関係があるかどうか、わかりませんが。

皿と紙ひこうき 皿と紙ひこうき

著者:石井 睦美
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2011年6月 1日 (水)

江戸時代の地方史

江戸時代の山口県について資料を読みあさるようになってから、現在の日本の近世史の本というのはほとんどが江戸について書いてあるのだということを痛感しました。

偶さか、おもしろい古文書でも出て、それを研究する人が有れば、ピンポイントでそのことに詳しい本が出版されます。映画化された『武士の家計簿』みたいな例です。

しかし、一般的には、江戸時代の歴史と言えばほとんどが東京都の歴史、江戸時代の武士の職制といえば徳川幕府の職制、「江戸」は時代のことではなく、東京のことを指しているようなのです。

諸藩といっても本当に諸々の藩で、同じようには語れません。図書館の地域資料のコーナーに行って、地元の郷土史家がまとめた研究を探すしか、方法はなさそうです。

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