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2011年7月 2日 (土)

樋口大祐『変貌する清盛』への共感(1)

吉川弘文館から三月に刊行された樋口大祐・著『変貌する清盛―『平家物語』を書きかえる 』(歴史文化ライブラリー)を読了しました。

おおざっぱに言うと、プロローグ(児童書に描かれた清盛)、本文(史料と文学に描かれた清盛)、エピローグ(清盛が寄与した港町、神戸の後世の人々)の3つに分かれています。もちろん、内容も分量も本文の各章が中心になります。

個人的にとりわけ興味深く読んだのは、プロローグの「子どもたちの清盛」でした。ここで紹介された戦後の児童向け源平物語は、まさに私が小学校の図書室で借りて読んだ本、そのものでした。実際に、登場人物紹介や目次(「舞姫」で始まる)など、「ああ、覚えている、あの本だ」と思いあたる部分がありました。

私は素直でない感性の小学生でしたから、小学4年生の頃から大の平家びいきでした。(これは平家滅亡の地となった下関市で生まれたことにも関係があります)。学校の図書室にあった児童向け源平物語はあらかた読み尽くしましたが、どれもこれも必死になって源氏に依怙贔屓をしており、何が何でも平家を貶めようとする文章に憤りを感じていました。

いったい清盛がどんな悪いことをしたというのか、平家に比べて源氏のどこが正しいのか、事実を見る限りさっぱり理解できませんでした。筆者が「(清盛は)にくにくしげに言った」(これは偕成社の『源頼朝』の伝記の記述)というような形容詞をくっつけて書いているだけで、「にくにくしげに」しゃべるのが悪行とは言えません。熱病で悶死したというのを悪事の報いのように書くのは、病気になることを悪事の報いだと言っているようで、納得できませんでした(私はあまり頑健ではない子どもでしたから)。

子ども向け平家物語にも、鹿ヶ谷の陰謀が発覚したとき、西光法師が「先祖のことはいざ知らず、若いころは身分が低くて笑いものにされていた」とののしる場面がありましたが、天皇であった先祖のことを都合よく「いざ知らず」にしておいて、若いころの身分の低さや貧しさを笑いものにするというのは、どう考えても卑怯だと思えました。

そもそも、清盛は平治の乱の時、幼い牛若たちだけでなく、戦闘員として戦場に出て戦ったティーンエイジャーの頼朝までも命を助けてやっていますが、壇之浦の合戦で勝利を収めた頼朝は、平家の幼児を容赦なく殺しまくっています(この事実は子ども向けの平家物語ではあまり触れていませんが)。

下の身分からのし上がったのが悪いというのなら、どうして豊臣秀吉が庶民の英雄のように誉めたたえられるのか分かりません。異国に侵略した秀吉よりも異国と貿易した清盛の方が立派だと思うのに、なぜか秀吉が嫌いだというと農民の敵、民主主義の敵(どこが!)みたいに勘ぐられ、清盛の方は武士のくせに(幕府を開くという発想を持たずに)太政大臣などになった時代遅れの感覚の持ち主のように語られるという、腹立たしい評価ばかり目にし、耳にしました。

『変貌する清盛』の著者は私より少し若い方なので、子ども時代の私がこの本を読むことはあり得ませんが、同じような論旨の本を読んでいたら、きっと大いに喜んだことだろうと思います。

児童向けの平家物語にまつわる話はまだ語り足りないので、つづきは日を改めて書きます。

変貌する清盛―『平家物語』を書きかえる (歴史文化ライブラリー) 変貌する清盛―『平家物語』を書きかえる (歴史文化ライブラリー)

著者:樋口 大祐
販売元:吉川弘文館
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(つづく)

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