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2011年7月 3日 (日)

樋口大祐『変貌する清盛』への共感(2)

(承前) 樋口大祐・著『変貌する清盛―『平家物語』を書きかえる 』(歴史文化ライブラリー)を読んだことで思い起こされた平家へのこだわりをもう少し語ります。

学校の図書室で借りたり、親に買ってもらったりして、当時、私は手の届く限りの児童向け源平物語を読んでいました。

子ども向けに書かれた源平物語(平家物語、保元物語、平治物語、源平盛衰記など)では、源氏=正義、平家=悪の図式を貫いて、頼朝・源氏サイドの残虐な行為にはほとんど触れていません。

「平家物語」の児童向けも、少なくとも2種類以上の再話を読みましたが、何冊目かに読んだ「平家物語」では、重盛の孫の六代が12歳で殺されかけ、成長してから改めて殺されたところまで書いてありました。

頼朝が14歳で殺されそうになり、後に挙兵して命を危険にさらしたのに少し似ています。しかし、文中では「12歳で死ぬはずだったのだから、ここまで命があって運がよかった」という書き方がしてあり、読みながら腹立たしくて「それは頼朝に言ってやれ!」と思ったものでした。

そんなとき、小学4年生の正月にNHKで大河ドラマ『新・平家物語』が始まりました(~小学5年の12月)。

私は驚喜して、熱心な視聴者になりました。吉川英治はほぼ平清盛の視点から当時のできごとを見ており、お子さま向け平家物語への不満を、みごとにはらしてくれました。日曜日の放送に加えて、可能なときには土曜日の再放送も見て、ついには友達のお父さんが所蔵していた吉川英治全集の『新・平家物語』を借りて読みました。(『新・平家物語』については、『変貌する清盛』でも触れられています)。

そんな一連の時間の流れのいつだったか、はっきりとは覚えていませんが、いろいろな本を熟読するうちに、ふと思い至ったことがありました。

「平家物語は壇之浦の合戦で平家が滅びたところまで書いてある。ということは、平家物語は源氏の世の中になってから作られたんだ!」。(今さら気づいたか、と思われそうですが、本人はすこぶる真剣です)。「だから、平家物語には権力者である源氏に都合の悪いことは書いてなかったんだ」

「歴史は勝った者に都合よく書かれる」

それが、小学校高学年の歴史好き文学少女が獲得した歴史観でした。この結論に辿り着いたことに、私はとても満足しました。以来、「外伝」や「異聞」や「秘かな伝承」にこだわる人間になったようです。

もう少しだけ、このテーマで書いて締めくくります。

(つづく)

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