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2011年7月 4日 (月)

樋口大祐『変貌する清盛』への共感(3)

(承前) 児童向けの平家物語についての続きです。 

おそらく子ども向けに「平家物語」を用意した大人たちは、「正しい者は必ず勝つのだ」と子どもには教えなくてはならない、だから「勝った者は正しかったということにすべきだ」と、奇妙な教育的配慮をしたのでしょう。

そんな子ども向け「平家」に反感を抱きながら、私はなぜか平重盛が好きでした。清盛と対照的に心正しい人として持ち上げられている退屈なはずの登場人物なのに、父と後白河法皇の間に立って悩む矛盾に満ちた存在であることに惹かれていました。どこまでも素直でない好みの子どもでした。

吉川英治の『新・平家物語』は成人してから文庫本で買いそろえ、改めて読んでみました。意外に雑なところ(前後で矛盾する設定=例えば、頼朝の母の素姓が遊女と言われたり、史実通りに熱田神宮の宮司の娘になっていたり)が見つかり、後半は冗長なところ(例えば、木曽義仲をめぐる女性たちの逸話が長すぎ)が多くて、あまりおもしろいと思えなくなっていました。それでも、この作品が小学生の私に与えた影響は、非常に大きいものがありました。

最後に、『変貌する清盛―『平家物語』を書きかえる 』に出会えたことを、著者に感謝したいと思います。文中で何度か繰り返されていた「歴史を逆なでする」や「出会い損ね」などの表現には、大いに刺激されるところがありました。

この本を読んだことによって、書きたいことがこれだけ噴き出してきたということは、平家物語が私にとっていかにこだわりの強い存在であったか、今さらながらに思い至ります。

(終わり)

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