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2011年8月の記事

2011年8月27日 (土)

令丈ヒロ子・著『パンプキン!』の衝撃

パンプキン!』という軽妙なタイトルを見たときは、こういう重厚な題材だとは思いもよりませんでした。逆に、題材を知ったあとは、こんなに親しみやすい軽快な文章で読めるとは思ってもみませんでした。

サブタイトルに「模擬原爆の夏」とありますが、広島と長崎に原爆を投下するにあたってアメリカが練習用に日本の各地に落とした爆弾(通称「パンプキン」)のことを、小学生の女の子が同い年のいとこ(男の子)に刺激されて、夏休みの自由研究として調べていくという話です。

ショックだったのは、この爆弾のうち3発が山口県内にも落とされていたというのに、この本を読むまで、そういう話を全く聞いたことがなかったということです。原爆のことも戦争のことも、戦後生まれとしてはそれなりに知ってるつもりでいたのに、じつは全然知らなかったのだと、思い知りました。

ほんとうに読みやすく、親しみやすく、簡単に読める本です。けれども、この事実を知ることの意味は大きくて重いと思います。

パンプキン!  模擬原爆の夏 パンプキン!  模擬原爆の夏

著者:令丈 ヒロ子,宮尾 和孝
販売元:講談社
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2011年8月22日 (月)

大内氏館跡池泉庭園の一般公開

山口市の中心部にある史跡、大内氏館跡池泉庭園が復元され、今日、式典と一般公開がありました。

私は裏方のお手伝いだったので、庭園を見学したわけではないけれど、その場に居合わせることができました。

事前の課題は熱中症対策でしたが、今日は比較的涼しく、途中からはむしろ雨の方が心配になってきました。朝のうちは照っていたので、一応、帽子をかぶって行きましたが、折りたたみ傘も用意しました。なんとなく怪しい空模様でしたので。

不安的中。式典の途中からぽつりぽつりを雨粒が落ち始め、テープカットの頃から気になるくらいの雨になり、最後には滝のような豪雨となりました。

テープカットがすんだら、そのタイミングで池に水を注ぐという段取りだったので、天気の神さまが手伝うつもりで雨を降らしたのかもしれません。

街中にしてはとても閑静なたたずまいの区域なので、こういう史跡も周囲になじんで見えます。

山口市のホームページに今日の一般公開についての情報が載っています。(その後、削除されていました。)

2011年8月20日 (土)

この題名にして、実は人生論?

図書館で見つけて軽い気持ちで読み始めた『1円家電のカラクリ0円・iPhoneの正体―デフレ社会究極のサバイバル学』(幻冬舎新書)、意外と深い内容で、人生論(?)としても面白く読めました。

大枠としては、ベストセラーになったクリス・アンダーソンの『フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略』と同じような論旨になるのですが(本文中でも『フリー』には何度も触れられています)、この本では「フリー」をさらに推し進め、「赤字」によるビジネスを語っています。

ここまでの内容なら、ビジネス系の新書としてありそうな範囲だと思いますが、私が興味を惹かれたのは、その次の展開でした。

欧米の資本主義のバックボーンとしてあるプロテスタンティズム、それに対して精神的な背景のない日本の資本主義。労働、勤勉さ、やりがいといったものに価値を見いだせない人たちが増えてきたら、社会はどう変わっていくのか。

ビジネスの本でありながら、最終的には人間の生き方を問う本でもありました。図書館での請求番号は「336」です。経営管理についての本を並べる棚にあります。でも、経済に興味のない人が読んでも、刺激を与えられます。

1円家電のカラクリ0円・iPhoneの正体―デフレ社会究極のサバイバル学 (幻冬舎新書) 1円家電のカラクリ0円・iPhoneの正体―デフレ社会究極のサバイバル学 (幻冬舎新書)

著者:坂口 孝則
販売元:幻冬舎
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2011年8月14日 (日)

怠けぐせの弁解

しばらくの間、本を読んだり、資料をまとめたり、日常生活を送ったりしているうちに、1週間も更新を怠ってしまいました。Twitterはそれ以上に間が開いていますが、いまだに放置です。

その昔、『工房日誌』と称してサイトの日記部門を設けていたときは、短いながらもそこそこ書いていたような気がします。ブログになって使い勝手がよくなって、きっとはりきって書くだろうと思っていたのに、予想に反してあまり書いていません。

一つには、本文よりも広告のほうが分量があるというのはみっともないので、なんとかある程度の分量を確保して書きたい、と身構えてしまうためだろうと思います。広告が入るのは、本来有料のブログを無料で使わせてもらう以上、当然のことですが、これがあるために「今日は2,3行だけ書いておしまい」というわけにはいかなくなりました。

ときには本文の前に広告が出て、それから本文があって、最後にまた広告があって……という表示のされ方をすることがあります。本文の前はさすがに勘弁して欲しいのだけれども、「ココログフリー」であるからには、文句は言えません。

ブログをやっている限りは、毎日何かを書くという生活を維持できます。それが言葉や文章と離れないでいるための、とても都合のいい仕組みだと思っているのですが。

2011年8月 7日 (日)

幕末の些末事

江戸時代の日本は連邦国家のようなもので、藩ごとに法もしきたりも違い、事実関係を確認するのがなかなか大変です。政治の動きのようなことは本を見ればすぐわかりますが、日常生活のささいなことは、何を見たらいいのか途方に暮れることがあります。

武士の世界の下層身分にあった足軽や中間と、農民の世界のエリートであった庄屋が出会ったら、どういう口の利き方をし、どういう作法で対応したのでしょうか。

萩藩では、中国地方の八箇国を治めていた時代から毛利氏に仕えていた足軽や中間は別格扱いで、袴を着けて藩主にお目見えも可能であったと書いた本がありました。とは言いながら、藩に文書を差し出すとき、庄屋は苗字を許されるけれども、足軽は自分から苗字をつけて名のることは許されても、藩からの返事には苗字を附けてもらえない、という扱いだったそうです。(一夜漬けの知識なので、間違っていたら、専門性のある親切な方、どうかご指摘ください)

歴史好きと名のる人の多くは、司馬遼太郎などの小説を読んで、歴史上の事実を論じているようなので、司馬遼太郎が間違えたら(というより、創作や想像を挟んだら)、日本国民がそろって日本史を捉え損ねることになりかねません。古文書を読めるほどの甲斐性はないので、たしかな活字の資料に飢えています。

石高のわずかな下級武士はサラリーだけでは絶対に生きていけないはずで、何か副業を持っていたと思われます。一般論としては、こんな副業があった、あんなこともあったと歴史の教養書などには書いてありますが、萩藩領内の特定の土地でどうだったのか、この人の場合はどうか……という具体的な疑問にこたえてくれる資料は見つかりません。

長州藩の幕末の歴史、それも倒幕の志士の活躍ではなく、村々の寺子屋の様子だの、村役人の仕事ぶりだの、そういった些細なことについて教えてもらえるような方はいらっしゃらないものでしょうか。

2011年8月 2日 (火)

福島発、『詩の礫』(和合亮一)

3.11の震災の折り、福島在住の詩人、和合亮一さんがツイッターでつぶやいた言葉を一冊にまとめたものが『詩の礫』として出版されています。

そのころまで私は和合亮一さんをフォローしていたのですが、タイムラインに流れてくる「礫」が痛くて、フォローを外してしまいました。読むことが耐えられなかったのです。つまり、逃げました。(多くの人たちは、これらのツイートを見て、私とは逆にコメントを寄せたそうです)

あのころは被災していない者も精神的に参っていた時期で、だから一冊の本になった今なら、冷静に読むことができるかもしれない、と思い、図書館に入っていた『詩の礫』を手に取ってみました。

結果、私はふたたび逃げました。数か月経っても、あの時あの現場にいた詩人の言葉の力は圧倒的で、読み続けることができませんでした。

こんなことを白状しながら、卑怯なようですが、ほかの皆さんにはこの本をお薦めします。

結局は少ししか読んでいないのですが、苛烈な状況にある故里を想い続けた詩人の心情に、読んでいて引き裂かれるような気がします。痛いけど、読んでみてください。

詩の礫 詩の礫

著者:和合亮一
販売元:徳間書店
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