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2011年9月の記事

2011年9月28日 (水)

ホームページのリニューアル

母屋のサイトの「伝言板」にも書きましたが、2004年にアップして以来、ほとんど放置に近い状態だった「物語工房」をリニューアルしたいと目論んでいます。

前回は全くの初心者だったので、ごてごてと余計な細工をしたり、遠回りをしたりしましたが、今度こそはすっきりと整理されたページにしたいと思います。

今使っているのがホームページビルダー7という古いバージョンで、ホームページビルダー11以前は、バージョンアップ版を購入できるのが15までだそうです。10月になったら16が出るはずですが、そのときはもう、バージョンアップ版は買えないのです。

だからといって、急いで今のうちにビルダー15を買ってしまうのがいいのかどうか? 16は大幅に改善されているようなので、そうたびたび買い直すつもりでない私のような人間は、長い目で見れば、16を買った方が使い勝手がいいだけ、得かもしれません。

さらにもう少し考えると、はたしてホームページビルダーがほんとうに必要だろうか、という疑問もわいてきます。あのソフトは手間をかければできることを、手間をかけずにやらせてくれるという代物で、古いバージョンでも一つもっていれば、ことさら新しい機能が必要ということもありません。参考書を読んだり、親切な人が提供してくれるフリー素材のサイトのお世話になったりすれば、スタイルシートを使った見栄えのいい軽いページを作ることも、不可能ではないような気がします。

大切なことを忘れるところでした。通販サイトの評価欄に「パソコンがWin7になったから、やむを得ずバージョンアップした」というコメントが、数人の人から出ていました。

ということは、Xpを使わなくなったら、どっちにしても買い換え(でなければ、ビルダーとさようならするか……)しなければならないということですね。やっぱり、15のバージョンアップ版が品切れにならないうちに、決断すべきかも。

2011年9月25日 (日)

吉野万理子『チーム』シリーズの完結

全5巻。いつのまにか大河ドラマになっていました。

いいシリーズというのは、全巻を読み終えたところで、また1巻目から読み返したくなります。吉野万理子『チーム』シリーズもそうでした。見違えるように成長した彼ら、彼女らの幼い頃を、もういっぺん振り返ってみたい。そう思いました。

第1作の『チームふたり』が出たときは、「おっ、卓球がスポーツものの本になったのか」と思わず身を乗り出してしまいました。なぜかというと、私も中学生の頃は卓球部でしたから。その当時の卓球というのは、スポーツ漫画にもならず、テレビのニュースでも注目されず、有力選手であっても名前を知る人はほとんどいない、といったマイナーなスポーツでした。

ダブルスで『チームふたり』とはうまく名づけたものだなあと感心しつつ、気持ちよく読み終わったら、やがて『チームあした』が出てきました。主人公の交替に意表を突かれながらも、「んー、あえて続編を出すことはなかったかも……」と、正直なところ思いました。その次は『チームひとり』。それだったら「チーム」じゃないよ、とそれでも読み続けたのは、やっぱりおもしろかったから。そして『チームあかり』が出てきたときには、読み続けていてよかったと思いました。これまでにない、新しいスポーツものが生まれた、と。

最後は『チームみらい』。過去の4作といろんなところでリンクしながら、完結編としてまとまりました。表紙の絵も、シリーズを通しての統一感があり、並べてながめるのも一興です。

 

なぜか『チームあした』の画像が出せませんでした。揃えられず残念。

2011年9月24日 (土)

「我が輩は山口県の伊藤ではない。日本の伊藤である。」

この記事のタイトルは、古川薫著『伊藤博文―明治日本を創った志士 (時代を動かした人々 維新篇)』(小峰書店)の終わり近い部分に載せられた一節です。

総理大臣となった伊藤博文が下関で歓迎の挨拶に応えたときの言葉を伝えたもので、「我が輩が遺憾とするのは、国家のため命懸けではたらけという激励をたまわらなかったことだ。」「諸君は、総理大臣たる我が輩が、山口県を利する何事かをしてくれるであろうと期待しておられるのであろうが、それはまちがいである。いまや我が輩は山口県の伊藤ではない。日本の伊藤である。」と記されています。

地元山口県民の中には「こんなことばを後世に伝えるとはけしからん」と腹立たしく思う人もいるでしょうが、私は「よくぞ言った。伊藤博文というのは、こういうことを言える人物だったのか」と内心、大いに見直したものでした。一般的に好感度の高い高杉晋作や後世の評判があまり芳しくない山縣有朋にくらべて、伊藤博文は賛否相半ばする人物ですが、この台詞に関しては尊敬に値する政治家だと思います。(選挙のない時代のことだから得票数を気にせずに言えたのかもしれませんが)

古川薫氏のこのシリーズは、坂本竜馬や西郷隆盛、勝海舟、佐久間象山、板垣退助、はては英国人のアーネスト・サトウまで、幕末維新の慌ただしい時代を、立場の違う人たちのそれぞれの視点から多角的に描いています。格調の高い文章ですが、執筆の姿勢としては少年少女向けです。

伊藤博文―明治日本を創った志士 (時代を動かした人々 維新篇) 伊藤博文―明治日本を創った志士 (時代を動かした人々 維新篇)

著者:古川 薫
販売元:小峰書店
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2011年9月19日 (月)

以前の日記

ブログを開設する前に、ウェブサイトの『物語工房』で「工房日誌」と称する日記のページを開いていました。ブログと違って手作業で月ごとに整理していき、日付だけでタイトルもカテゴリもない単純な日記でした。

今の自分のブログの記事と比べてみると、あの頃の方がおもしろかったような気がします。気軽に書いていたから、更新もほどほどの頻度だったし、かなり短くても気にしなかったし、タイトルを付けるというのは案外プレッシャーになるもので、タイトルにそぐわない内容は書けないという枷をはめるようなところがあります。

シンプルなページでほんの数行の記事を書いても見苦しくないけれど、ブログで数行の記事を書くと見栄えが悪くて、つい身構えて書くようになり、だんだん筆が進まなくなってしまいます。

中学2年の時から四十歳くらいまではほぼ途切れ目なくノートに日記をつけていまいたが、パソコンを使い始めてからノートの日記は大晦日と元日に書いて、あとは思い出したように年内の数日だけ字を埋める、という為体。

昔の日記の方がよほど見てもらう甲斐のあるものでした。披露したい箇所を拾ってきて、そのうち「復刻」してみようかと思います。

2011年9月13日 (火)

おもしろかった『盆まねき』(富安陽子)

富安陽子『盆まねき』を読了したとき、これと同じようなおもしろさを感じた本の形式を思い浮かべました。

内容としては違いすぎるけれど、ハウフの童話集『隊商 キャラバン』です。複数の語り手がそれぞれに知っている話を物語る、いわゆる「枠物語」という形式で、枠には枠のドラマがあるという設定の物語です。

アラビアンナイトはその代表格ですが、そこで語られる一つ一つの話が全体に影響を及ぼすわけではありません。『隊商』では、いくつかのエピソードなしには、枠のおもしろさが失われてしまう仕掛けになっています。

『盆まねき』のなかでおじいちゃん、フミおばちゃん、大ばあちゃんが語った話は、そのまま最後の章のなっちゃんと男の子へ、そしてそのまた後の、枠の外の読者たちへも繋がっていました。

日本の民俗を伝えていく物語であり、家族への思いを大切にする物語であり、平和を願う物語でもあります。

盆まねき 盆まねき

著者:富安 陽子
販売元:偕成社
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2011年9月 5日 (月)

文学講演会「みすゞと中也と山頭火」

地元のフリーペーパーで見かけた情報ですが、山口県文化振興課のサイトでも広報してあったたので、ご紹介します。

詩人の佐々木幹郎氏を講師に迎えて、山口の文学に関わる講演会が開催されるようです。日時、場所、演題は下記のように掲載されていました。

・平成23年9月18日(日曜日)午後2時~午後3時30分

・山口県立山口図書館 レクチャールーム(山口市後河原150-1)

・「詩のことばは、何を救うか?―みすゞと中也と山頭火をめぐって」

無料ですが、申し込みが必要であるようです。山口県の文化振興課へ事前の連絡をどうぞ。

ちなみに佐々木幹郎氏は中原中也賞の選考委員で、関西訛りのある熟年男性です。みすゞと山頭火についても興味をお持ちだとは存じませんでした。現代詩の詩人が童謡詩人や俳人を採り上げるというのは意外です。山口県出身で広い意味の詩人を挙げるとすると、知名度から言って、この3人になるのでしょう。

関係者でもない私が言うのはお節介ですが、「自家用車でのご来場はなるべくお控えください」ということになると思います。

2011年9月 1日 (木)

『天地明察』三回目、読了

天地明察』を初めて読んだのは、ちょうど去年の今頃でした。それから和算に関する本、江戸時代に関する本を意識して読むようになり、繰り返して読んだときには、最初の時よりもずっと背景が見えるようになっていて、うれしかったものです。

今回は、全体の構成が分かった上で、細部を楽しみながら読みました。読み手が成長していると、作品の方でも新しい一面をみせてくれます。さらにもう一度くらいは読むだろうという気がします。

20代の頃までは、好きな本を繰り返して読むのは珍しいことではありませんでした。サトクリフの定番の歴史物語などは、それぞれ5、6回読んでいます。好きな本なら3回は読むのが自然なことでした。

年を取って感動の質が浅くなったのでしょうか。気に入ったと思ってもその本を再び手に取ることもなく、おもしろかったという記憶はあるのに内容をよく思い出せない、ということが増えました。

『天地明察』は、ひさしぶりに熟読する楽しみを思い出させてくれました。

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