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2012年6月30日 (土)

萩藩大坂蔵屋敷跡を訪ねて(1)

大阪を訪ねてから1週間。写真の整理などもぼちぼち進んでいるので、萩藩の大坂蔵屋敷を探して大阪市内をさまよい歩いた顛末を、ちょっとだけ語っておきます。

なぜ、それを見ようと思ったかというと、現在書こうとしている歴史物の被伝者が、一時期ここに勤務したはずなので、現地を自分の目で見ておきたかったのです。

もちろん、大都会大阪のことですから、当時の面影を残しているはずはありません。それでも、地図上で見る蔵屋敷の大きさが、自分の足で歩いたらどれくらいの距離に感じられるのか、すぐそばを流れている土佐堀川がどんな川幅で、蔵屋敷とどれくらい離れているのか、そんなことを実感しておきたいと思いました。

これが観光名所になっているような史蹟だったら探すのは簡単でしょう。けれども現在あるのは、そこが蔵屋敷であることを示した石碑だけです。土佐堀川と常安橋が手がかりでした。

River

これが土佐堀川。前方に架かっているのが常安橋です。大名たちが国元の産物を水運で運び込んだというだけあって、川であるとともに、りっぱな水路です。

地下鉄四つ橋線の肥後橋で降りて、少々歩きましたが、大阪市立科学館を目印にすれば、迷うようなことはありませんでした。

ここまでは順調だったのですが、蔵屋敷跡を示す石碑が見つかりません。インターネットで写真を掲載している人があったので、そのページをプリントして持っていたのですが、同じ景色が見当たりません。

このあたりだと言うことは間違いないのだから、目的は果たしたようなものですが、それでもせっかく来たのだから、はっきりとした標識を見ていきたいものです。

さまようこと数時間。そのあいだ屋敷跡と思われる一角を、くまなく歩き回りました。これは地元の人に訊いた方が良さそうだと思いつつ、誰を呼び止めたらいいのか決めかねて、まだ歩き続けます。

やがて、歩いてくるおばさんを発見。いわゆる「大阪のおばちゃん」風の人だったら苦手だな、と思いつつ「ちょっと道をお尋ねしてもいいでしょうか」と声をかけると「分かることならば」という返事が返ってきました。

(つづく)

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