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2016年8月の記事

2016年8月23日 (火)

佐藤多佳子『夏から夏へ』

北京オリンピックで日本チームの400mリレーを見たとき、まるでひとりの人が疾走しているかのような、流れるようなバトンの受け渡しに感激しました。
テレビで放送されるたびに、飽きずに眺めていました。

そのあと佐藤多佳子のノンフィクション『夏から夏へ』を読んで、とってもおもしろくて感動したという記憶があったので、この本は北京オリンピックのときのことを取材して書いたものだったように錯覚していました。
著者は陸上青春小説『一瞬の風になれ』の作者です。

今回のオリンピックでさらに若い世代のチームが400mリレーで銀メダルを獲得したことで、ひさしぶりにこの本のことを思い出しました。
あの心地よい読後感をまた味わいたい、前回の銅メダルのときの記録を読み返したい、と思って手に取ってみました。

結果、私の記憶がまちがっていて、この本に書かれていたのは、その前の年の世界陸上大阪大会のときのことだとわかりました。
そのあと同じメンバーが北京を目指していくのですが。

出版されたのは2008年の7月で、オリンピックの前の月です。
登場する選手たちの活躍がさらに次の世代の選手たちに引き継がれていくことを示唆するような結びは、現在からみると「予言」のようにも思われます。

私が読んだのは白い表紙の単行本でしたが、今は文庫本も出ているようです。

2016年8月17日 (水)

吉野万理子『チームふたり』

今でこそ卓球はオリンピック競技にもなっていますが、私が中学校の部活動で卓球をやっていたころは、オリンピックにも出ない、コミックの題材にもならない、小説でも見かけない、そりゃあ卓球なんて地味で暗くて絵にならないのだから当たり前でしょ、といったスポーツでした。

往年のTVアニメの「アタック№1」では、バレー部の栄光の陰で体育館を使えなくなり、解散に追い込まれる気の毒な部という設定で登場しましたが、そこで画面に登場した卓球の素振りはひどいフォームでした。
上手とか下手とかではなく、指導者や先輩から何も教わっていないに違いない、あんな素振りならしないほうがいい、というくらいトンチンカンな振り方です。
制作者はまともに卓球の素振りのしかたを調べてから絵を描く気がなかったのでしょう。
それくらい、一般の視聴者にとってどうでもいいスポーツだったわけです。
でも、それが私の少女時代に見た唯一の「卓球が登場するアニメ」でした。

児童書として吉野万理子著「チームふたり」が世に出たころ(2007年)は、福原愛選手の人気のおかげで、そして私の地元(山口)では同郷の石川佳純選手への声援もあって、いくらかメジャーになっていました。
が、それでも卓球にテーマにした読み物なんて、珍しいと思いました。

「チーム」は主に卓球のダブルスの話ですが、「チームふたり」のあと、シリーズで「チームあした」「チームひとり」「チームみらい」「チームあかり」「チームつばさ」と続きます。
主人公を追いかけるのではなく、学校の卓球部を舞台にして、代々の選手を追いかけ、成長したかつての主人公が先輩として現れるところは、野球マンガの「キャプテン」に似ています。

最初のハードカバーのあと、軽装版で出版され、さらに文庫本で「チーム!」上、中、下になりました。
個人的にはハードカバーの表紙が好きだけれど(そして、『チームふたり』というネーミングが好きだけど)、大人の読者が買うなら、文庫本がお手頃かも知れません。

リオ五輪は卓球が男女ともメダル獲得。
祝勝!

2016年8月 9日 (火)

奥中康人『幕末鼓笛隊 ―土着化する西洋音楽―』

幕末・戊辰戦争のころに生まれ、以来、各地域で継承されてきた鼓笛隊について、丁寧に論証された本です。
時代劇でおなじみの、維新マーチなどが奏でられるあの鼓笛隊ですが、「官軍」の鼓笛隊といったドラマのイメージと違って、幕府側にも新政府側にもありました。

地域の伝統芸能だという発想から、西洋音楽であるにもかかわらず、スネアドラムでなしに和太鼓、リコーダーでなしに篠笛が寄付されるという、善意の勘違いもあったようです。そのとき、間違いを訂正するのではなく、和太鼓を使って続けるという自由さを、著者はこれも生きた継承の在り方として、受け入れようとします。

音楽についても、歴史についても、かなり本格的に論考された本です。演奏法や鼓譜などの詳しすぎるところは、正直ついていけないので読み飛ばしました。

心に残ったのは、「継承」とは何かを考える、著者の姿勢です。
「幕末維新期に起源をもつ鼓笛隊が、紆余曲折を経ながら現在も活動を続けているということは、まだ生きている証拠であり、それゆえ変化はどうしても避けられない」
「歴史的な正統性や同一性を主張するよりも、はるかに重要なことが存在している」

調査を続けながら、全国各地の鼓笛隊の実態に触れて、柔軟に考えを変化させていく著者の考え方に、この人も生きた学問をしているのだと思いました。

2016年8月 6日 (土)

飛騨俊吾『エンジェルボール』

この本を人に勧めていいものかどうか、ちょっと迷うところがあります。
設定はきわめてご都合主義、突っ込みどころ満載。
「子どもだまし」もいいところで、なんで4巻もつきあわされて読んでしまうのか。
何しろ、中年のおじさんが死にかけたときに天使から魔球を授けられて、広島カープの新人投手となって大活躍。でも、その魔球は……。
という話なので、なぜそんな魔球があるのか、とか、天使の正体は、とか、都合がよすぎてばかばかしい限りなのです。
それなのに、第1巻の半ばまで読めばもう引きこまれて全巻読まずにはいられないし、終わりは涙でぐしょぐしょになってしまうという不思議な作品です。
大きな設定は荒っぽいのですが、細かな日常描写は丁寧で、それが作品のリアリティを支えているとも言えます。 子どもたちの存在もいいし、しつこい女性記者もいいし。
広島出身の主人公と長崎出身のライバル選手が広島平和記念公園で会い、がらにもなく(?)まじめに、原爆のことを話題にするシーンもありました。
優れた文学作品とは言えないでしょう。 でも、すてきな読み物です。
カープファンにはぜひ読んでほしい。 野球が好きな人なら楽しいと思う。 そうでない人でも、大前提のご都合主義にひっかかりを持たなければ、きっとおもしろいです。
 
 
飛騨俊吾『エンジェルボール』(双葉文庫)

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