文化・芸術

2011年11月15日 (火)

絵本編集者:松田素子さんの講演

11月19日(土)に、山口市立中央図書館の図書館まつりがあります。その催しの一つとして、絵本編集者の松田素子さんが「絵本の魅力、その世界」と題した講演をされます。場所は中央図書館と同じ建物内にある山口情報芸術センターのスタジオCで、入場は無料です。

松田素子さんは山口県周南市出身の絵本編集者で、山口県岩国市在住の絵本作家松田もとこさんとは別の方です。(間違えやすいので念のため)

せっかくの機会なので、興味のある方はどうぞお集まりください。同時開催として、スタジオCの前で、松田さんが蒐集した絵封筒の展示があるそうです。

情報を整理しますと、以下の通りになります。(図書館まつりのチラシから内容を見て書き写しています。確実な情報をお求めでしたら、各自でご確認ください。私が見ているのと同じチラシも館内にあります)

演題:「絵本の魅力その世界」

講師:松田素子(フリーランスの絵本編集者)

日時:11月19日(土) 14:00~15:30

会場:山口情報芸術センター スタジオC (中央図書館と同じ建物内にあります)

参加費:無料

定員:100名(申し込み不要・当日先着順)

問合先:山口市立中央図書館

2011年11月 5日 (土)

鷺流狂言公演 雨の能楽堂

先日書いたように、本日は鷺流狂言保存会の公演がある日でした。これも先日書きましたが、あいにくの出勤日。早々に見学を諦めたのですが、そのおかげで、少なくとも空模様に悩むことだけは免れました。

なにしろ山口は昨日から雨。土曜日も降ると天気予報で言ってました。昔のように教育会館のホールなどで上演するのだったら天気の心配はないのですが、能楽堂であるがためのリスク。遠く佐渡からも保存会の人たちが見えているのだから、雨天中止というわけにはいかないでしょう。

観客も出演者も大変だし、伝統の衣装が濡れたらえらいことではないかと、職場の窓から案じておりました。

関係者の方が発信されているネット情報によると、大きなテントを2つ張ったようですね。お疲れ様です。

2011年10月15日 (土)

鷺流狂言の公演

11月5日(土)に鷺流狂言の公演が野田神社の能楽堂で行われます。

山口、佐渡、佐賀の鷺流狂言が一堂に会しての競演です。これは、何年か前(たぶん2004年くらい?)の山口情報芸術センターでの催し以来のことではないでしょうか。

今回は野田神社の能楽堂が移築されて20年になるのを記念して行われるのだそうです。

家元制度をとっていないため、中央では「断絶」と称されていますが、鷺流はまだまだ生きています。とくに山口の鷺流狂言保存会は若い後継者が育っていて心強いですね。

何度も鷺流狂言に近づきかけたけれども、私自身は保存会の内輪の人間になったことはありません。けれども、中学生の時に演劇部で鷺流狂言の存在を知り、大学で卒論に採り上げ、ふるさとを題材にした短編として「鷺流の旅びと」で春日庄作(しゅんにち・しょうさく)を描き、なにかと気になる存在でありつづけています。

5日はたぶん仕事なんだなぁ。

2011年9月 5日 (月)

文学講演会「みすゞと中也と山頭火」

地元のフリーペーパーで見かけた情報ですが、山口県文化振興課のサイトでも広報してあったたので、ご紹介します。

詩人の佐々木幹郎氏を講師に迎えて、山口の文学に関わる講演会が開催されるようです。日時、場所、演題は下記のように掲載されていました。

・平成23年9月18日(日曜日)午後2時~午後3時30分

・山口県立山口図書館 レクチャールーム(山口市後河原150-1)

・「詩のことばは、何を救うか?―みすゞと中也と山頭火をめぐって」

無料ですが、申し込みが必要であるようです。山口県の文化振興課へ事前の連絡をどうぞ。

ちなみに佐々木幹郎氏は中原中也賞の選考委員で、関西訛りのある熟年男性です。みすゞと山頭火についても興味をお持ちだとは存じませんでした。現代詩の詩人が童謡詩人や俳人を採り上げるというのは意外です。山口県出身で広い意味の詩人を挙げるとすると、知名度から言って、この3人になるのでしょう。

関係者でもない私が言うのはお節介ですが、「自家用車でのご来場はなるべくお控えください」ということになると思います。

2011年8月22日 (月)

大内氏館跡池泉庭園の一般公開

山口市の中心部にある史跡、大内氏館跡池泉庭園が復元され、今日、式典と一般公開がありました。

私は裏方のお手伝いだったので、庭園を見学したわけではないけれど、その場に居合わせることができました。

事前の課題は熱中症対策でしたが、今日は比較的涼しく、途中からはむしろ雨の方が心配になってきました。朝のうちは照っていたので、一応、帽子をかぶって行きましたが、折りたたみ傘も用意しました。なんとなく怪しい空模様でしたので。

不安的中。式典の途中からぽつりぽつりを雨粒が落ち始め、テープカットの頃から気になるくらいの雨になり、最後には滝のような豪雨となりました。

テープカットがすんだら、そのタイミングで池に水を注ぐという段取りだったので、天気の神さまが手伝うつもりで雨を降らしたのかもしれません。

街中にしてはとても閑静なたたずまいの区域なので、こういう史跡も周囲になじんで見えます。

山口市のホームページに今日の一般公開についての情報が載っています。(その後、削除されていました。)

2010年9月25日 (土)

能楽らいぶ「光の素足」 見逃した!

職場で配られている機関紙を見たら、山口市内で能楽らいぶ「光の素足」が催されると書いてあり、おおっと目を見開きました。宮沢賢治の童話「ひかりの素足」をモチーフに、宮沢作品のさまざまな素材をちりばめながら、宮沢賢治の魅力に迫る創作能だとか。「今ここに賢治がいる!」などと謳い文句が紙面に躍っています。

今年は大内氏が山口に根拠地を構えて650年にあたり、「山口開府650年」と銘打った催しが「湯田温泉復活300年」とセットで次々と繰り出されています。これもその一環のようです。

開催はいつだろう、どこに申し込んだらいいのか……と思ってよく見たら、「とき 9月19日(日)」と、あります。その機関紙の日付は「9月16日」でした。残念。

ところで、この機関紙の文面は誰が書いたのか分かりませんが、創作能のタイトル「光の素足」と賢治童話のタイトル「ひかりの素足」の表記(「光」と「ひかり」)を明確に書き分けているのが気に入りました。

2010年1月31日 (日)

ブランデンブルク協奏曲 第5番

1月31日は、歌曲王フランツ・シューベルトの誕生日です。たいていの年は、シューベルトのCDを聞いて過ごすのですが、今年はバッハの「ブランデンブルク協奏曲」を聴くことにしました。

どういう風の吹き回しかというと、藤谷治の『船に乗れ!』第3巻の影響です。この小説は、文学であるのに留まらず、出てくる曲を次々と聴きたくなるという音楽的な特徴を持っています。とくにサトルたちが取り組んだ第5番をじっくり聞きました。

「ブランデンブルク協奏曲」というと、私はどうしても作家の氷室冴子さんを思い出してしまいます。別々の小説のヒロインがなぜかみな「ブランデンブルク協奏曲」が好きだということになっていて、結局それは作者が好きだからなのでしょう。

改めて聴いてみて、自分で思っていたよりもこの曲が好きだと感じました。私自身は、ベートーヴェン以後、シューベルトやブラームスやシューマン、チャイコフスキー、メンデルスゾーンなどを好きだと思っていたのですが、バッハも曲によっては感性に合うようです。

そのうちにまた、『船に乗れ!』第1巻に登場したメンデルスゾーンを聴いてみます。

2009年12月30日 (水)

カーテンコール

ミュージカルについて、改めて書こうと思っていたのは「吉田松陰について」だけではなかったのでした。

山口のお客さん、席を立つのが早すぎます。最後の幕が下りて……でも、高杉くんが幕の前でまだ台詞をしゃべっているのに、ごそごそと動きだす人がいる。そこで待っていた人たちも、それが終わったら、「それじゃ」とばかりに出て行こうとする。でも、まだカーテンコールがあるんです。

それからが一つのショーのようなものでした。キャストがそれぞれの登場順や役割順にふさわしい順番や組み合わせや踊り(または仕草)で、音楽に合わせてあいさつに登場し、去っていきます。そして、最後に松下村塾の若者たちが現れ、高杉と久坂が現れ、吉田松陰が登場して、いったんは舞台を去った全キャストが再登場してフィナーレ。改めてミュージカルの最初から最後までが思い起こされます。これを見ずに帰るだなんて、もったいない。

松陰先生が好きだから見に来た、と言う人は観劇に慣れていないのかも知れませんが、高校演劇部かつアマチュア演劇サークル出身で、作る側に立ったことのある人間としては残念です。それに、周りの客として興ざめでもあります。

こういうところが、山口の人間は田舎者なんじゃ!

2009年12月29日 (火)

「SHOWIN 若き志士たち」に寄せて

先週の水曜日に観に行ったミュージカルについて、そのうち書くようなことをいいながら、書いていませんでした。年内に、もう一言。

公募で集まった一般市民(熟練者も含む)のミュージカルとはいいながら、山口市民会館の大ホールが埋まっていたのは、一つには吉田松陰が題材になっていて、観客が地元の山口県民であったということが理由に挙げられるでしょう。

自分たちの直接の先祖の歴史ですから、とくべつ明治維新を意識している人間でなくても、いざ目の前で見せられると、胸が躍り、血が騒ぐところがあります。

近世以降の人物で、吉田松陰ほど、人によって見る目が異なる人物もないだろうと思います。

(1)崇拝派:「松陰先生は偉大な方だ。日本が困難な時代を迎えていたとき、命をかけて国を憂い、松下村塾で優れた人材を育てて、国の礎を築かれた。先生の教育が近代日本を作ったのだ。その精神が戦後教育の誤りのために失われつつあるのは誠に残念だ。」

(2)嫌悪派:「吉田松陰の教えを受けた明治の政治家たちによって、日本は間違った道を歩むことになった。日本が植民地支配に乗り出した背景には松陰の思想がある。吉田松陰を好きだという人間は、古い価値観に縛られた、軍国的な国粋主義者だ」

(3)敬愛派:「吉田松陰は先見的なものの見方ができる青年で、すぐれた教育者だった。時代的な制約があるので、現代社会において松陰の思想の全てを鵜呑みにすることはできない。だが、広く世界を視野に入れて日本の将来を考え、身分に関わらず人材を育て、わが国が困難な時代を乗り切る力を与えた。枝葉末節の欠点をあげつらうことはできるが、それは戦前に神様扱いされたことへの反動であり、松陰の思想の根本は否定されるべきではない」

私自身は(3)の立場であり、ミュージカルも基本的に(3)の視点から作ってあったと思います。

一時期、明治維新が賞賛されすぎたせいか、近ごろはあまり人気がないようです。新撰組や白虎隊を語るとき、長州は敵役になります。けれども志士たちは歴史的に勝者の側に立つことになると知って動いていたわけではありません。それどころか、一寸先の運命が分からない状態で、時の権威である幕府に命懸けで抵抗していたわけです。

高杉晋作も久坂玄瑞も、道半ばで亡くなりました。彼らはその後の日本がどうなったか知りません。たまたま命を長らえた志士たちが明治の元勲となり、長州は勝っていい目を見たかのような印象を、後世に残すことになりました。

松陰の言葉や行動には現代人でも心をうたれるものがあり、それらが若い人から顧みられなくなるのは非常に惜しいと考えてしまいます。愛国的、保守的な若者ではなく、たとえば上記の(2)のような考え方をする若い人に、別の角度から見た吉田松陰を知って欲しいと願う私は、やっぱり「長州人」でしょうか。

2009年12月23日 (水)

ミュージカル 「SHOWIN 若き志士たち」

友人と山口市民会館で催された創作ミュージカル「SHOWIN 若き志士たち」を観てきました。吉田松陰と松下村塾の門下生たちを、激動の時代の若者群像として描いたものです。(吉田松陰は処刑されたとき数え年の30歳、実年齢はまだ20代でした)

アマチュアの舞台なので技術的には不十分なところもありますが、全体を通してみると感動的でした。プロの演技でも感動しないときはしない。アマチュアでも心を動かす舞台が作れる。おもしろいものです。

いろいろ書きたいのだけれど、思うことはいっぱいありすぎて、とても書き切れそうにありません。また、日を改めて、言葉にしたいと思います。

来年の2月11日に世田谷区民会館でこのミュージカルの公演があるそうです。

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