日記・コラム・つぶやき

2016年9月17日 (土)

「ただいま」

7月の終わりころ投稿した後、一時的にログインできなくなりました。
すっかりココログから見放されたと思い込み、他のブログを開設して読書記録などをアップしていました。
どうやらもと通りログインできるらしいと分かったのが8月の半ば。
やっぱりこっちに戻ってくることにしました。
8月の読書記録も、日付を合わせて載せています。
 

2016年7月27日 (水)

ココログを選んだわけ

お金を使わずにブログを書こうとしたとき、あちこちの無料ブログを見比べて、ココログを選びました。
理由は、ブログの書き手の著作権が最も保障されていると思ったから。

ブログを書く上で、他人の著作権を尊重しなくてはならないのは当然のことですが、ブログを運営する側の会社が、ユーザーの著作物であるブログの記事を好き勝手に使っていいとする無料ブログが圧倒的に多くて、そこで二の足を踏んでいました。

実際には、著作権を主張しなくてはならないような場面もなかったのですが、規約を読んだときにこの会社は著作権の扱いを大切にしているな、と思えることが大切でした。
でも、使い勝手も捨てがたくて、無料だけに制約が多いというのも、やっぱり……です。

2016年7月26日 (火)

3年たってもパスワードを覚えていました

放置するにもほどがある、というほど放置していました。
使い方も忘れてしまったような気がします。
それでもとにかく帰ってきました。

不思議なことに、パスワードは覚えていました。
とりあえず、3日は続けて何か書いてみます。
利用規約を読み返さないと、何をしてもいいのか、何をしてはいけないのか、まったく思い出せません。
やれやれ……。

2013年1月 1日 (火)

謹賀新年

あけましておめでとうございます

一か月以上放置してしまいましたが、さすがに今日はご挨拶をしなくてはと思い、このページを開きました。

正月休みに入る前に、とても目を通しきれないくらいの本を図書館で借りてきていたのですが、案の定、目を通せそうにありません。ただ、身近に本を置いておくと、気分だけでも盛り上がります。いつまでも「だけ」では困りますが。

TwitterもFacebookもご無沙汰しています。あちこちにご無沙汰のお詫びと新年の挨拶をしてまわらなくてはならない、今日の一日です。

今年もよい年でありますように。

今年は、良い年でありますように。

2012年10月 6日 (土)

ひさしぶりの本屋

ここしばらく、本屋に立ち寄ることの可能な時間に帰宅していませんでした。たまに閉店前に本屋の前を通り過ぎることがあっても、立ち寄るには遅すぎて、いつも素通りでした。なにか、本屋でしたいこと、見たい物があったはずだ、という記憶が頭をかすめるのですが、思い出せません。

今日はひさしぶりにゆとりを持って職場を出ることができました。そして、まだ職場の敷地内にいるうちに、本屋で見たかった物がなんであったかを思い出しました。『舟を編む』のブックカバーの内側です。

9月に『舟を編む』について書いたとき、コメントで教えてもらいました。どんなことにびっくりしたのか、実物を確認したいと思っていたのでした。買わないつもりで店に入るのだから、迷惑なお客です。そのつもりで遠慮しながら入りました。

予想どおり、ベストセラーだけあって、平積みにしてありました。図書館の本はブックカバーの上からコーティングしてあるので、まさに辞書らしい厚みのある装幀になっていましたが、売り物の本の表紙は意外と普通の紙だったので拍子抜けしました(駄洒落か!)。

そしてカバーの内側をそっとのぞいてみると、なるほど……でした。何かあると知った上で見たので、それほどびっくりでもありませんでしたが。

できれば同じカバーで文庫にして欲しいものです。そうしたら、私は一冊買って、カバーの上からブックコートをかけて読むでしょう。本物の辞書風に見えそうだから。図書館で装備に使う道具ですが、同じような品は文房具として買えるようです。(例えばこういうカバーフィルムです )。予想していたよりも安く手に入りそうですが、一番の問題は、私の手先が不器用だと言うことです。しわしわになりそう。

2012年7月10日 (火)

萩藩大坂蔵屋敷跡を訪ねて(3)

(しめくくり)

この話題も、日にちが過ぎて間延びしてきたので、今回で最後にします。

発見した蔵屋敷跡を示す石碑は、交差点のそばの舗道の一角を切り取った区画の木々の間にありました。さらに、交差点を渡ってもう少し向こうに歩いて行くと、薩摩藩の蔵屋敷跡を示す碑もありました。脚の鈍った現代人でも軽々と歩いて行ける距離です。

思いがけず時間をとったので、もう夕方の懇親会が始まるころでした。最後に川や橋の周りの写真を撮って、その後も何度か迷子になりながら、ようやく会場のエル・大阪に辿り着きました。(エル・大阪の建物の中でも迷ったので、さらに遅れてしまいました)

さて、一泊してその翌日。歴史博物館にでも行こうかと思っていたのですが、もう一度、蔵屋敷の通りに行ってみることにしました。

今度は地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅で降りました。すると、川のそばに蔵屋敷が立ち並ぶ区域であることを示す立て札がたっています。ここが起点だったのかと思いきや、蔵屋敷跡まではかなりありました。やはり、前日のように肥後橋駅で降りるのが正解だったようです。

観光地には全然行っていないので、傍目には何をしに行ったのか分からないように見えるでしょうが、本人は納得の旅でした。あとはこの体験に蓋を被せて、熟成するのを待つのみ。

Sekihifront

間近で見た萩藩大坂蔵屋敷跡の石碑です。

(この件、終わり)

2012年7月 3日 (火)

萩藩大坂蔵屋敷跡を訪ねて(2)

(つづき)

「これがあるところに行きたいんですけど」と言いながら、プリントした蔵屋敷跡の写真を見せました。

すると、「こういうのはよく見かけるけど、どこにあるかというと……ちょっと分からない……このあたりではよく見るのだけれど」と地元の人らしい返事。常安橋のそばに萩藩蔵屋敷を示した古地図も見てもらいましたが、かえって混乱させてしまったようでした。

「このあたりは昔大名の蔵屋敷が並んでいたところで、こういうのがたくさんあるから」

そう言いながら、おばさんは行こうとしていた方向とは別の方に歩きだしました。年配の人にわざわざ何メートルも歩いてもらっては申し訳なく恐縮しましたが、おばさんは大通りの方まで行き、「この通りを向こうに行くとどこかにあるはず」と示してくれました。

そこはすでに何度も歩いたところで、何度も見つけ損なっていたところでした。が、とにかくそこを探していけばいいのだとわかると、元気が出ました。大阪のおばさんは親切でした。

さっきまではせかせかと歩き続けたので、今度はゆっくりと歩いて行くことにしました。見つけ損なったのは速く歩きすぎたせいではないかと思ったのです。

そして歩き続けた結果、常安橋からまっすぐに伸びている道と今来た道の交差点に、それを見つけました。

Sekihi350

(つづく)

2012年6月30日 (土)

萩藩大坂蔵屋敷跡を訪ねて(1)

大阪を訪ねてから1週間。写真の整理などもぼちぼち進んでいるので、萩藩の大坂蔵屋敷を探して大阪市内をさまよい歩いた顛末を、ちょっとだけ語っておきます。

なぜ、それを見ようと思ったかというと、現在書こうとしている歴史物の被伝者が、一時期ここに勤務したはずなので、現地を自分の目で見ておきたかったのです。

もちろん、大都会大阪のことですから、当時の面影を残しているはずはありません。それでも、地図上で見る蔵屋敷の大きさが、自分の足で歩いたらどれくらいの距離に感じられるのか、すぐそばを流れている土佐堀川がどんな川幅で、蔵屋敷とどれくらい離れているのか、そんなことを実感しておきたいと思いました。

これが観光名所になっているような史蹟だったら探すのは簡単でしょう。けれども現在あるのは、そこが蔵屋敷であることを示した石碑だけです。土佐堀川と常安橋が手がかりでした。

River

これが土佐堀川。前方に架かっているのが常安橋です。大名たちが国元の産物を水運で運び込んだというだけあって、川であるとともに、りっぱな水路です。

地下鉄四つ橋線の肥後橋で降りて、少々歩きましたが、大阪市立科学館を目印にすれば、迷うようなことはありませんでした。

ここまでは順調だったのですが、蔵屋敷跡を示す石碑が見つかりません。インターネットで写真を掲載している人があったので、そのページをプリントして持っていたのですが、同じ景色が見当たりません。

このあたりだと言うことは間違いないのだから、目的は果たしたようなものですが、それでもせっかく来たのだから、はっきりとした標識を見ていきたいものです。

さまようこと数時間。そのあいだ屋敷跡と思われる一角を、くまなく歩き回りました。これは地元の人に訊いた方が良さそうだと思いつつ、誰を呼び止めたらいいのか決めかねて、まだ歩き続けます。

やがて、歩いてくるおばさんを発見。いわゆる「大阪のおばちゃん」風の人だったら苦手だな、と思いつつ「ちょっと道をお尋ねしてもいいでしょうか」と声をかけると「分かることならば」という返事が返ってきました。

(つづく)

2012年6月24日 (日)

大阪&大坂の旅

この週末を利用して、大阪市に行ってきました。なんと5年5ヶ月ぶりの県外旅行です。県内でも山口市外には滅多に出かけない「引きこもりライフ」を送ってきたあとなので、旅行支度の勘がすっかり鈍っていました。その割には体力の方は思ったほど落ちていなかったようです。

目的は二つありました。まずは児童文学に関わる活動をしている方々との懇親会に参加すること。もう一つは江戸時代の萩藩の大坂蔵屋敷の跡地を確認してくること。

蔵屋敷そのものが残っているわけではないので、古地図などを頼りに、今の地図と見比べながらとにかく歩き回りました。無駄にずいぶん歩いたけれども、無駄に歩くことで距離感が体に刻まれる気がします。だいたいの位置は間違いないけれども、あるはずの石碑がない、と思ったら、見つかりました。さんざん歩き回った界隈の一角に。

いつかはここを訪れてみたいと思いながら、大坂蔵屋敷跡に行ってみる、というただそれだけのために大阪までの運賃を払うことに踏み切れなかったのですが、名前だけ存じ上げているネット交流のある皆さんが集合されるとあって、この機会に大阪に行ってみようと決心しました。

近々、もう少し詳しく書いてみます。大阪(現代)と大坂(江戸時代)の珍道中のあれこれを。

2012年5月20日 (日)

バリトン歌手の訃報

昨日の新聞に、ドイツのバリトン歌手、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ氏が亡くなったとき記事が小さく載っていました。

中学生の時、初めて自分のお小遣いで買ったLPレコードが彼の歌う「美しい水車屋の娘」でした。3か月分のお小遣いをつぎこんだ買い物でした。

その後も、お金をためて「冬の旅」をゲット。「白鳥の歌」までは手が回らなかったけれど、シューベルトの歌曲集を別に1枚、購入しました。

それまで日本人の歌手が日本語の翻訳で歌う歌曲のレコードは親に買ってもらっていましたが、初めて出会った本格的なリートが、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウの歌うシューベルトでした。

新聞の記事が小さいことに、少々ショックを覚えました。(亡くなったのは5月18日だそうです)

謹んでご冥福をお祈りします。

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