書籍・雑誌

2016年11月30日 (水)

有川浩『だれもが知ってる小さな国』

子どもの頃、佐藤さとるの『コロボックル物語』を読んだ人間としては、見過ごしにできない作品でした。
この人もきっと、愛読者で、たまたま創作者でもあったから、自分なりのコロボックル物語を書いてみたくなったのだろう、と思いながら、図書館の本を予約しました。

正直、それほど期待していませんでした。
先に、有川さんの児童書「コロボックル絵物語」を読んだのですが、作者の気持ちは分かるにしても、この本『コロボックル絵物語』自体を面白いとは思えませんでした。
(コロボックル物語が好きだった女の子の話で、まさに作者の思い出話そのもののように思われます。)
ティーンズや一般成人にも読ませる長編になったからといって、愛読者の郷愁を読まされるだけではつまりません。

ところが、『だれもが知ってる小さな国』は気に入りました。
有川浩さんは本当にコロボックル物語の良い読者だったのでしょうね。
『コロボックル物語』の焼き直しではなくて全く違う物語になっているけれど、佐藤さとるワールドを損なってもいない。ふだんの有川浩ワールドとも、がらりと違う。

時代背景は、たぶん作者の小学生時代くらいだろうと思います。
語り手は、物語のスタート時点で小学3年生の男の子。大人になってからふり返って書いています。『だれも知らない小さな国』のせいたかさんと同じです。おちび先生を思わせる女の子も登場します。
だけど、ここに「はち屋」(養蜂家)という仕事の場をもってきたことで、独自の物語が始まります。

ゲームボーイやテレビ局の番組制作が出てくるのは、『だれも知らない小さな国』とは時代が違うから。
学校の図書館には『コロボックル物語』が置いてあって、たくさんの大人たちが子どもの頃、その本を読んでいる。

最後の種明かしの部分については、
そうか……まあ、そうなるのだろうな……だけど、そうでよかったな……ほっこりして、すがすがしくて、とってもよかった……そうそう、やっぱりそうでなくちゃ……満足。

往年の『コロボックル物語』の画家、村上勉さんが絵を描き、佐藤さとるさんが巻末に「有川浩さんへの手紙」を寄せています。


2016年10月13日 (木)

宮下奈都『羊と鋼の森』

もう読んだ人も多いでしょうが、今年の本屋大賞受賞作『羊と鋼の森』を読み終えました。

高校2年の二学期まで、音楽と無縁に過ごしていた主人公が、学校の体育館のピアノを調律にやってきた調律師の仕事を見て、その道に進むことを決心します。彼が調律師として歩んでいく姿を一人称で描いた小説です。

事件といえば、高校2年のときの進路が見つかったエピソード、ピアノの上手なふたごがいる家庭のこと、先輩調律師たちのそれぞれの事情、あとは主人公の進歩の跡……くらいのもので、はらはらドキドキのストーリーはありません。少しは波風がありますが。

ただ、音を表現することばがとてもきめ細やかで、文章を味わい、読んでいくことが楽しいと感じられます。
読み終えた後、もう一度繰り返して読みました。

2016年8月23日 (火)

佐藤多佳子『夏から夏へ』

北京オリンピックで日本チームの400mリレーを見たとき、まるでひとりの人が疾走しているかのような、流れるようなバトンの受け渡しに感激しました。
テレビで放送されるたびに、飽きずに眺めていました。

そのあと佐藤多佳子のノンフィクション『夏から夏へ』を読んで、とってもおもしろくて感動したという記憶があったので、この本は北京オリンピックのときのことを取材して書いたものだったように錯覚していました。
著者は陸上青春小説『一瞬の風になれ』の作者です。

今回のオリンピックでさらに若い世代のチームが400mリレーで銀メダルを獲得したことで、ひさしぶりにこの本のことを思い出しました。
あの心地よい読後感をまた味わいたい、前回の銅メダルのときの記録を読み返したい、と思って手に取ってみました。

結果、私の記憶がまちがっていて、この本に書かれていたのは、その前の年の世界陸上大阪大会のときのことだとわかりました。
そのあと同じメンバーが北京を目指していくのですが。

出版されたのは2008年の7月で、オリンピックの前の月です。
登場する選手たちの活躍がさらに次の世代の選手たちに引き継がれていくことを示唆するような結びは、現在からみると「予言」のようにも思われます。

私が読んだのは白い表紙の単行本でしたが、今は文庫本も出ているようです。

2016年8月17日 (水)

吉野万理子『チームふたり』

今でこそ卓球はオリンピック競技にもなっていますが、私が中学校の部活動で卓球をやっていたころは、オリンピックにも出ない、コミックの題材にもならない、小説でも見かけない、そりゃあ卓球なんて地味で暗くて絵にならないのだから当たり前でしょ、といったスポーツでした。

往年のTVアニメの「アタック№1」では、バレー部の栄光の陰で体育館を使えなくなり、解散に追い込まれる気の毒な部という設定で登場しましたが、そこで画面に登場した卓球の素振りはひどいフォームでした。
上手とか下手とかではなく、指導者や先輩から何も教わっていないに違いない、あんな素振りならしないほうがいい、というくらいトンチンカンな振り方です。
制作者はまともに卓球の素振りのしかたを調べてから絵を描く気がなかったのでしょう。
それくらい、一般の視聴者にとってどうでもいいスポーツだったわけです。
でも、それが私の少女時代に見た唯一の「卓球が登場するアニメ」でした。

児童書として吉野万理子著「チームふたり」が世に出たころ(2007年)は、福原愛選手の人気のおかげで、そして私の地元(山口)では同郷の石川佳純選手への声援もあって、いくらかメジャーになっていました。
が、それでも卓球にテーマにした読み物なんて、珍しいと思いました。

「チーム」は主に卓球のダブルスの話ですが、「チームふたり」のあと、シリーズで「チームあした」「チームひとり」「チームみらい」「チームあかり」「チームつばさ」と続きます。
主人公を追いかけるのではなく、学校の卓球部を舞台にして、代々の選手を追いかけ、成長したかつての主人公が先輩として現れるところは、野球マンガの「キャプテン」に似ています。

最初のハードカバーのあと、軽装版で出版され、さらに文庫本で「チーム!」上、中、下になりました。
個人的にはハードカバーの表紙が好きだけれど(そして、『チームふたり』というネーミングが好きだけど)、大人の読者が買うなら、文庫本がお手頃かも知れません。

リオ五輪は卓球が男女ともメダル獲得。
祝勝!

2016年8月 9日 (火)

奥中康人『幕末鼓笛隊 ―土着化する西洋音楽―』

幕末・戊辰戦争のころに生まれ、以来、各地域で継承されてきた鼓笛隊について、丁寧に論証された本です。
時代劇でおなじみの、維新マーチなどが奏でられるあの鼓笛隊ですが、「官軍」の鼓笛隊といったドラマのイメージと違って、幕府側にも新政府側にもありました。

地域の伝統芸能だという発想から、西洋音楽であるにもかかわらず、スネアドラムでなしに和太鼓、リコーダーでなしに篠笛が寄付されるという、善意の勘違いもあったようです。そのとき、間違いを訂正するのではなく、和太鼓を使って続けるという自由さを、著者はこれも生きた継承の在り方として、受け入れようとします。

音楽についても、歴史についても、かなり本格的に論考された本です。演奏法や鼓譜などの詳しすぎるところは、正直ついていけないので読み飛ばしました。

心に残ったのは、「継承」とは何かを考える、著者の姿勢です。
「幕末維新期に起源をもつ鼓笛隊が、紆余曲折を経ながら現在も活動を続けているということは、まだ生きている証拠であり、それゆえ変化はどうしても避けられない」
「歴史的な正統性や同一性を主張するよりも、はるかに重要なことが存在している」

調査を続けながら、全国各地の鼓笛隊の実態に触れて、柔軟に考えを変化させていく著者の考え方に、この人も生きた学問をしているのだと思いました。

2016年8月 6日 (土)

飛騨俊吾『エンジェルボール』

この本を人に勧めていいものかどうか、ちょっと迷うところがあります。
設定はきわめてご都合主義、突っ込みどころ満載。
「子どもだまし」もいいところで、なんで4巻もつきあわされて読んでしまうのか。
何しろ、中年のおじさんが死にかけたときに天使から魔球を授けられて、広島カープの新人投手となって大活躍。でも、その魔球は……。
という話なので、なぜそんな魔球があるのか、とか、天使の正体は、とか、都合がよすぎてばかばかしい限りなのです。
それなのに、第1巻の半ばまで読めばもう引きこまれて全巻読まずにはいられないし、終わりは涙でぐしょぐしょになってしまうという不思議な作品です。
大きな設定は荒っぽいのですが、細かな日常描写は丁寧で、それが作品のリアリティを支えているとも言えます。 子どもたちの存在もいいし、しつこい女性記者もいいし。
広島出身の主人公と長崎出身のライバル選手が広島平和記念公園で会い、がらにもなく(?)まじめに、原爆のことを話題にするシーンもありました。
優れた文学作品とは言えないでしょう。 でも、すてきな読み物です。
カープファンにはぜひ読んでほしい。 野球が好きな人なら楽しいと思う。 そうでない人でも、大前提のご都合主義にひっかかりを持たなければ、きっとおもしろいです。
 
 
飛騨俊吾『エンジェルボール』(双葉文庫)

2016年7月28日 (木)

失われた時を求めて

岩波文庫のプルースト『失われた時を求めて』を少しずつ読み進めています。今、3巻目のはじめ(「花咲く乙女たちのかげに」)。
題名だけは有名で、読んだ人はあんまりいないという古典の一つだと思います。1巻目を読んでいるときは、「これで、あの有名な『失われた時を求めて』を読んでみた。いい経験になった。誰かがこの本のことを話題にしていても、なんとなく話についていけるだろう」というくらいに思っていました。そして、第1巻を読み終えたのを区切りに、読むのをやめるつもりでした。
ところが、第2巻を読むうちにだんだん面白くなってきました。読み方がわかってきた、というか……、これはストーリーを追いかけて読む本ではなく、ストーリーのある詩を読むような感覚で、フレーズを追いかけていけばいいのだと、つかめてきました。
読むのに飽きたらやめますが、読みたくなったらまた読み進めます。全14冊。先はまだまだ長い。

2012年9月15日 (土)

三浦しをん『舟を編む』を読む

図書館で予約していた『舟を編む』の順番が回ってきました。初めの数ページを読んだところで、言葉の面白さに目を開かれ、これはきっと愛読することになる本だ、と確信しました。

ベストセラーだから読んでみようという趣味はないのですが、本屋大賞のノミネート作品となり、題名が自ずと耳に入るようになってきたころ、新聞で辞書を作る人たちのことを描いた本だと知りました。それならば「舟を編む」というタイトルの意味も了解できます。言葉の海に乗り出していく舟を作るということなのだ、と。俄然、興味がわいてきました。

さっそく図書館の予約の長い列に並んだのですが、直後に本屋大賞受賞となり、私の後にも長い長い列ができました。全くいいタイミングでした。

本を手にして、まずその装幀を好きになりました。まさしく辞書の表紙を表しています。ふだんはテキストを第一に考え、装幀や挿絵には文章に見合うほどの注意を払わない私ですが、ときどき「この表紙(絵)でなかったら、いやだ」という本に出会います。書籍というのはやはり、器と中身を合わせて、パッケージとして楽しむものだと再認識します。

下の画像はAmazonさんから借りてきたものですが、表紙の下半分に無粋な帯がかかっているのが残念です。本体は下までが同じ紺色で、題字と同じ銀色の線で波のうねりが描かれています。上の方にある舟の絵と響き合って、その趣向がとてもとてもとても素敵なのです。

もうほとんど終わり近くまで読んでいるのですが、この本はもういっぺん繰り返して読みたい本です。図書館に返したら、買いたくなるかも知れません。

2012年9月 2日 (日)

橋口侯之介『和本への招待』

4月の記事で、中野三敏『和本のすすめ――江戸を読み解くために (岩波新書)』について書いたことがありましたが、今また和本に興味をそそられています。和本そのものよりも江戸時代の出版についての興味から読み始めたのですが。

今、図書館で読みたい本を4、5冊見つけています。その中で先ず読み上げたのが橋口侯之介『和本への招待 日本人と書物の歴史 (角川選書)』です。

どちらの著者も共通して述べていたのが、和本を読むことのできる人間が珍しくなったら(実際、今ではそうなっているのだけれど)、明治初期までの日本文化の伝統が断絶してしまうということでした。それは、資料の少ない素材で歴史物を書きたいと目論んでいる私にとっても、痛切に感じられることでした。過去の書体を読めるようになることは、外国語を学ぶことよりも急を要する重大事ではないかと思えてきました。

当面の目標は江戸時代の出版文化について理解して、時代考証に役立てることなのですが、これらの本の宣伝をして、和本文化の「布教」の片棒を担ぎたい、という思いに駆られています。

2012年6月 5日 (火)

『秘密の菜園』読了

後藤みわこ著『秘密の菜園』は出版されたばかりのころ、魚住直子の『園芸少年』といっしょに題名を記憶した本です。たしか同じ年の出版だったと思います。

『園芸少年』の方は出てすぐに読んだのに、この『秘密の菜園』はなぜか手に取るきっかけがないまま月日が過ぎて、先日、遅ればせながら読了しました。書き方も内容も好ましく、もっと早く読めば良かったと思っています。

サカタとタキイの一人称の語りの並べ方のうまさ、それによって読者に見えてくる彼らの勘違いのおかしさ、そして少年たちの人間性が醸し出すゆるやかな気持ちよさ、結末の爽快さ。「巧いなあ」と「良いなあ」がいっしょになって感じられました。

秘密の菜園 (TEENS’ ENTERTAINMENT)

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