創作活動

2012年11月 6日 (火)

探していた情報、発見!(ただし、ささやか)

仕事が休みの日なので、重い腰を上げて、ひさしぶりに県立図書館に行ってきました。

分厚く重い本を含めて全部で7冊借りたので、車と図書館を3往復しました。入館者3人に数えられているはずです。

ここ1年くらい、明治のお雇い外国人でラルキン(またはラリキン、ラリケン)というイギリス人について情報を探していたのですが、とくべつに有名な人ではないらしく、どの人名辞典でも見つけることができないでいました。

ところが、リニューアル後の県立図書館に新しく設けられた「維新ギャラリー」にあった『お雇い外国人』という本のシリーズを見つけて、ためしに「通信」の巻を開いてみると、なんとラルキンが載っていました。「通信」を手に取ったのは、ラルキンが電信線路測量のために山口に来たということだったので、分類されるとしたら「通信」ではないかと見当を付けたのでした。

家に帰ってからゆっくり読んでみると、当時の状況はうっすらと分かるのですが、ラルキンが来日したときに何歳くらいだったのか、どんな印象の人だったのかという、私にとっては重要なネタが載っていませんでした。人柄はともかく年齢だけでも、明治4年に山口に来たとき、老人(初老)だったのか青年だったのか、それが分からないと、脇役とはいえ登場人物として扱いかねます。

誰かイギリス人のトーマス・ラルキン(Thomas Larkin)氏について、ご存じの方はないでしょうか。ファースト・ネームが「トーマス」だというのも、じつは今日知ったことでした。

2012年7月24日 (火)

取材するということ

最近読んだ本で、「取材」ということにおいて非常に感心した本が2冊ありました。1冊目は中村武生著『池田屋事件の研究 (講談社現代新書)』、もう一冊は佐野眞一著『あんぽん 孫正義伝』。

『池田屋事件の研究』は、現存者はいないけれども、証言や文献は比較的残っている幕末の時代を採り上げ、これまで軽く見過ごされてきた古高俊太郎について徹底的に検証している、新書には珍しい本格的な研究です。引用されている当時の文書や手紙を、現代風に意訳して紹介しているところは、一般読者が対象となる新書であることを配慮した編集なのでしょう。歴史小説のような訳にはいきませんが、幕末の歴史に興味のある人なら、気合いを入れて読みはじめれば、きっと読み応えがあるだろうと思います。

『あんぽん』の方は、本人はまだまだ現役だけれども、親や祖父母の世代までも調べ尽くすというこの著者の方法からすれば、実際を知る人からの証言を引き出すことのできるぎりぎりの時間を走り回って、日韓の関係者から取材して一つ一つの事実を積み重ねた労作です。伝記の対象を無条件に尊敬したり持ち上げたりするのではなく、場合によって否定も肯定もしながら、孫正義という希有な人物を分厚く描いています。著者自ら『スティーブ・ジョブズ』とくらべていますが、事実を突き詰めていく姿勢からすると、『あんぽん』の方に凄みがあると感じました。

  

2011年11月 8日 (火)

読書百遍

近ごろは、まじめに創作活動に取り組んでいます。まだ文章にはならず、ひたすら資料を集めている段階ですが、資料を集める過程て゛、頭の中に人間関係が作られていきます。

1年前に読んだ本をもう一度図書館から借りて目を通していたのですが、いろんなことを見落としていたのに気づきました。ここ数か月探し回っていたことが、1年前に見た本に書いてあったとか、軽く読み流したところこそが大事な情報源であったとか。本は、読み手の学習の程度に合わせて、教えるべきところまでを教えてくれるようです。

インターネットに慣れてしまうと、検索してヒットしなければ無いものだという発想になってしまいますが、思いもよらない結びつきを発見するところにこそ、資料あさりの醍醐味があります。

便利な道具はそれはそれで駆使しつつ、古めかしい本を何冊も並べてあっちのページ、こっちのページと見くらべていくのもまた、デジタルには変えられない便利さです。

県立図書館の閉館に急かされるように、両手で抱えきれないほどの歴史関係書(名著の復刻版や、「市史」「郡史」の類を借りてきました。期限まで、せっせとページをめくる毎日になりそうです。

2011年7月30日 (土)

書き始めるまでの「滴」

酷暑の日々が続いていますが、パソコンとプリンタに労働をさせ、私は涼しい(といっても日当たりが悪いだけで冷房が効いているわけではない)部屋で、先にコピーした資料を読んで過ごしました。

一行も書いていないけど、自分の内側には書くべきものが少しずつ湧いてきている、とそんな感じがしています。

純粋に楽しんで書いていた子どものころは、いつも鉛筆を握るより先に、頭の中にイメージがいっぱいにふくらんでいました。それがなまじ功名心が頭をもたげるようになって、うまく書かなくては、時間をおかずに次の作品を書かなくてはと思うようになってしまいました。

自分の中に少しずつ、滴がたまって池を作っています。

見つかる限りの本を読んで、資料を集めて、そして、秋頃から書き始めようと、決めています。

2011年6月28日 (火)

原稿の重さ

まだ手書きで原稿を書いていた頃、自分の留守中に家が火事になることが何よりの恐怖でした。

火事になったら持ち出そうと、書きかけの原稿や書きためたなかで惜しいと思う原稿を一つの鞄に詰め込んでみたこともありました。ところが、重くて持ち上げるのがやっと。これを抱えて逃げようとしたら焼け死ぬ確率が大幅にアップしてしまうのでやめました。

遠方にすんでいる友達にせっせと書き写した作品を送っていたのは、もちろんその人に読んでもらいたいからではありましたが、もう一つの理由として保険の意味もありました。万が一、自分が住んでいる地方が災害に見舞われても、遠くの友人の手元に原稿の写しがあったなら、また書き写すことができるだろう、と。

この恐怖から解放されたのは、ワープロを使い始めてからです。膨大な量の原稿もフロッピーディスクの中に軽々と入ってしまうので、持ち歩いても何の負担にもなりません。

ワープロは初めて手にした印税というもので買いました。シャープの書院です。縦書きに表示できるところが気に入って決めました。8年使いましたが、このあいだに世に出た作品は『草薙列伝・八岐の大蛇』だけです。ずいぶんのんびりしています。

初代パソコンは、山口県の芸術文化振興奨励賞でいただいた奨学金で買いました。奨学金の使い道としてはとても主旨にかなっています。でも、私が賞の主旨にかなった活躍をしなかったため、このパソコンから世に出た作品はありませんでした。

今や、原稿はケータイ(Advanced/W-ZERO3 [es]のメモリ)に入れて持ち歩いています。いつどこでどうなっても、いつも原稿といっしょにいられます。その程度の軽さになりました。

でも、便利になったからといって、書けるようになるわけでもありませんでした。押し入れの整理をするために古い段ボール箱に頭をつっこんだときなど、ものすごい分量の資料や何通りものバージョンの下書きに出会います。すべて若いころの私自身が書いたり、手で書き写したりしたものです。

これだけやってたら結果も出るよなあ、と他人のことのように思います。資料をコピーしただけで何かをしたような気になってしまう昨今の自分。

ときどき押し入れの段ボールに頭を突っ込んでみた方がいいかもしれません。

2011年5月24日 (火)

参考資料ゲット!

今日は市内の某所に出かけ、構想中の歴史物の重要な資料をゲットしてきました。ほんとうに手にはいるかどうか半信半疑だったので、手にしたときにはいささか興奮していました。

これから読み込んでいきますが、これまで分からなかったことも、いくらか明らかになりそうです。手がかりも、新しい謎も、これから調べるべきことも、わずかな紙切れに詰まっています。

まだ実際には一行も書いていないのだけれども、まさに執筆活動に入ったのだと、実感できました。

特定の人物の周辺の他に、時代背景全般についての細かい知識も必要なので、あとどれだけ調べ物をしたらいいか想像もつきませんが、こういう苦労は楽しみです。今はどんな小さな手がかりでもかき集めて、事実を確認すると同時に自由な想像をふくらませていきたいです。

2011年5月21日 (土)

創作日記を再び

中学2年の初めから(中学1年の冬も断片的にあり)ずっと続けて、日記を付けていました。当初から1日も欠かさずということはなく、数日に1回は必ず書くといった程度でしたが、今となっては中学生の肉声を他人のような感覚で聞くことができる、貴重な資料です。といっても、この中学生はあまり一般的ではない、小理屈の好きな中学生でしたが。

そのころ書いていた社会性の強い長編小説があって、それを書くための創作日記がきっかけでした。思いついたアイディアはすべて書き留めておき、プロットや登場人物の性格について、自問自答する過程を、無駄なほど事細かに書いていました。書くことで、自分の頭の中を整理していました。

成人してからも書き続け、B5版の大学ノートが40冊を超えましたが、そのあたりから書く頻度が鈍っていきました。一つにはパソコンを使い始めたことが大きかったと思います。ここ数年は、年始に「今年はこんなことをやろう」と書き、年末に「今年はこんなことがあった」と書くだけの「年記」になっています。

ブログを書くと言うことは、日記を付けることに似ていますが、人が読むと言うところが決定的に違います。まだ書いていない作品の舞台裏を、ぶざまに晒してみせるわけにはいかないものです。だからといって、書くのを控えていると、どんどん発想がふくらまなくなっていくように思います。

やっぱりノートに書いた日記は必要だなあと、今更ながら反省しています。書かなくては、段取りができない、という悪い癖もあります。

まず、今日からでも人に見せない日記を書こう。そして、たっぷりと創作について思いめぐらそう。そして、そして、創作者としての自分を取り戻そう。

それを、自分との約束にします。1年後の自分に苦笑することのないように。

2011年5月 6日 (金)

資料集め

この半年くらい、目標を定めてぼつぼつと創作の資料集めをしてきました。今までは図書館を使った個人の調べ物でしたが、とうとう、いろんな人を巻き込んでの取材にまで及んだので、いよいよ後戻りはできなくなりました。

このごろ年を取って人間が無精になってしまいましたが、思えば『アルジェンタ年代記外伝』を書いていた頃は、どれだけ資料を読み込んでいたか、鉛筆でノートに書き写していたか、それを考えると今やっていることはあまりにも簡単すぎると思えてきます。

今度の作品では、私には三つの利点があります。まず「地の利」。地元の歴史に絡んだことだから。それから「人の利」。私自身がとても有利な素姓だから(詳細はまだ内緒)。そして「天の利」。まだ誰も手がけていない、けれども書かれるべき題材だから。

地元の県立図書館には、まだまだ読み切れないほど参考になりそうな本があります。

2011年2月 1日 (火)

書きかけの原稿

昨日、ひさしぶりに知り合いに出会いました。私はすっかり忘れていたのだけれど、交流のあった頃、書きかけの作品の原稿を彼女に渡していて、完成しないまま行き来が途絶えていました。

「借りていた原稿を返さなくては」と言われて、「データがあるからかまいませんよ」と受け流したのですが、「続きが読みたい」という光栄なお申し出が……。

そう言えば、一所懸命書いていたのだったなあと、3、4年前のことを遠い昔のように思い出しました。

今は他の作品を書こうとして資料集めに励んでいる訳ですが、書きかけのあの作品も、あのままでよいのかと気になり始めました。あの未定稿のために時間を割いてくださった方々もあったのだし。

書こうとして書けなくなっていたら怖いから、ぐずぐずしているだけなのかもしれません。でも、私はまだ書きたいという気持ちをなくしていないから、たぶん現役なのだと、そう思っています。

2010年11月 3日 (水)

資料の収集中

年の初めに、今年こそは執筆を再開するぞ、とホームページの「伝言板」に書いて、あっというまに10か月。まだ1行も書いていないのですが、9月頃から執筆活動と言えなくもない資料集めを始めました。

これまでに取り組んだことのある舞台や設定なら、予備知識もあって簡単なのに、なぜか一から勉強しなくてはならないようなことばかりに惹かれてしまう私。それでも、未知の世界が少しずつ既知の世界になって、「1か月前はなんて物知らずだったんだろう!」と実感するのが快感です。

この年になっても、知識欲というのは衰える訳ではないと確認できました。とっさの判断力は頓におとろえてきましたが、記憶力の方はまだ辛うじてだいじょうぶそうです。

それにつけても、出先で仕事のできるモバイルパソコンがほしくなりました(←口実?)。

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